理事長メッセージ

2010年6月

会員の皆様へ

日本分子生物学会理事長 岡田清孝

学術の研究教育の転換期に当たって

 昨年より政治の波に翻弄される時期が続いています。平成21年の春には、補正予算で措置された、これまでに例のない大型の研究費の募集がありました。年末には、国の事業の無駄を見出し、国費の使用状況を見直すことを目的とした「事業仕分け」がおこなわれました。「国立大学の運営交付金」や「大学での先端的取り組み」、競争的資金の「先端研究」、「若手育成研究」、「女性研究者の支援」、「外国人招へい」などの他に、「スーパーコンピューター」、「SPring-8」、「植物科学研究」、「バイオリソース事業」、「ライフサイエンス」の3事業、など、分子生物学会の会員に関わりの深い研究教育に関連した事業も対象となり、十分な事情説明や議論の時間がないままに「縮減」や「見直し」などの大胆で乱暴な結論となったことはご存知の通りです。会員の皆さんに事業仕分けに対するアンケートを求めたところ、このような研究教育事業に対する予算縮減や見直しが数年間にわたって実行されると、国際的な科学技術の熾烈な競争に敗れ、 今後の日本社会の発展を長く阻害することになるなどとの、強い危機感を持った多数の会員から短期間に多くのご意見が集まりました。これらの声を政府の学術政策担当者に伝え、意見を交換することが必要だと考え、平成21年度年会初日の12月9日に、緊急フォーラム「事業仕分けから日本の未来の科学を考える」を開催しました。このフォーラムには、ライフサイエンスと科学研究費補助金の担当者お二人に出席していただき、多数の会員との間で意見を交えました。現在の混乱を収拾するとともに将来の新しい方向性を築くために、分子生物学会や生命科学研究者のコミュニティから「文科省・政府と協調し新しい科学政策の立案するための制度を作ること」および「科学者から国民納税者へ向けたメッセージを出すこと」が重要であることを確認しました。現在、この点について将来計画検討委員会で実施に向けた方策を検討しています。(緊急フォーラムの記録全文は学会ホームページに掲載しています)

 「縮減」や「見直し」との結論に対しては、ノーベル賞受賞者など多くの研究者や学会から反対の声明や要望書が提出されました。分子生物学会からも単独および生命科学系の学会との連名で要望書を提出しましたが、これらの行動はマスコミでも大きく取り上げられ、学術や科学技術の重要性についての一般の理解と支持を再確認できたことは、嬉しくもありがたいことでした。また、文科省のホームページのパブリックコメント欄に多くの意見表明があり、これらの支持が助けとなって、平成22年度予算における減額はかなり抑えられたものとなりました。今年も事業仕分けの第二弾として、研究開発に関わる独立行政法人の事業が対象となっています。平成23年度以降の政府の方針については未定ですが、引き続き注視して、適切に対応する必要があります。(学会からの提言や要望書は学会ホームページに掲載しています)

 一方、本年4月の日本学術会議総会において、「学術の大型施設計画・大規模研究計画 ―企画・推進策の在り方とマスタープラン策定について―」という提言が出されました。科学研究費補助金等の枠では賄いきれない多額の研究費を要する大規模計画として、巨大な望遠鏡や加速器などの大型施設が建設され、共同利用施設として基盤的研究と人材育成に用いられてきました。生命科学においては、これまでこのような大規模研究計画はほとんどなかったのですが、この提言には、今後推進するべき研究計画として、生命科学分野から11件の「大規模研究計画」がリストアップされました。これらの計画は、昨年春に大学や研究機関で計画中の大型施設や大規模研究計画を調査した後に、学術会議において分野研究者コミュニティにおける検討・合意の状況や実行可能性について検討してまとめられたものです。いずれも数十億円から数百億円の予算規模となっていて、近未来にこれらの計画がそのままの形で実現する可能性は極めて低いのですが、今回研究者から提案された大型研究計画を学術会議の提言としてまとめたことに大きな意義があると思います。生命科学の今後の発展と国際的競争力強化のためには、これらの提言内容をたたき台として、学会など研究者コミュニティにおいて継続して議論し、計画を改訂しつつ実現を図ることが重要です。学会会員の皆さんからの積極的な発言を求めたいと思います。(大型施設計画・大規模研究計画については学術会議ホームページに掲載されています)

 分子生物学会会員の多くの皆さんにとって、これまで文科省や政府の学術行政と向き合うことは少なかったと思います。論文発表に伴って新聞や放送マスコミと連絡する機会は増えてきましたが、国民納税者に向けてより直接的にメッセージを発する場は、多くなっていません。しかし、国庫収入の減少が継続すると予想される中で、研究教育の質をいっそう高めて、国際的競争に打ち勝つためには、学術行政に対する意見を述べることと社会や国民に向けて学術研究と教育の必要性を訴える努力を続けていかなければならない時期に来ていると考えます。

 分子生物学会は1978年の創立以来順調に会員数が増加し、現在は基礎生命科学の中で最大の学会になりました。昨今の社会情勢の変化に伴って学会が新たな役割を果たす場面が増えており、規模の拡大ともに分子生物学会の行動が大きな影響を持つようになっています。学術を取り巻く環境の変化に柔軟に対応して独自で迅速な対応を図ることが大切です。他学会と連携して対応する場合にも、分子生物学会としてのフリーハンドを持つことが重要です。学会としての行動は執行部が責任を持って対応しますが、学会会員の皆さんの関心と支持がなくては成り立ちません。しかし、残念ながら、学会の運営と方針に対する分子生物学会会員の意識はまだまだ低いと言わざるを得ません。年会時に開催される通常総会の出席率は低く、委任状によってかろうじて成立する状況が続いています。生命科学の研究と教育に対する状況が大きく変化している中では、学会会員の意見を反映した学会運営が重要になることは言うまでもありません。今回始まった学会の理事選挙に投票することは、そのための第一歩です。これまでの理事選挙の投票率は、たとえば、この10年の5回(第12期~第16期)の選挙をみても、平均してわずか3.04%に過ぎません。学会会員、特に若手会員には、分子生物学会の方針と運営に関心を持っていただきたいと願っています。生命科学に関わる状況の変化については、学会のホームページやメールなどでお知らせする予定です。生命科学の健全な発展を目指して、一緒に努力しましょう。一層の協力をお願いします。