日本分子生物学会は、本年12月5日に特定非営利活動法人設立総会を開催し、12月7日の第29回総会において正式な法人移行を決定致しました。今後、東京都への申請手続きを進め、2007年6月頃には特定非営利活動法人日本分子生物学会としての活動を開始致します。その設立趣旨では、広く一般市民に対し、分子生物学に関する研究・教育を推進するための学術研究および普及啓発を行い、わが国におけるライフサイエンスの進歩に寄与していきたい、と謳っております。さらに21世紀の学問を牽引するようなわが国独自の研究を世界に向けて発信し、その役割を果たすことが分子生物学の発展にもつながる、と掲げております。
このような新しい希望に燃える新組織発足の年ではありますが、本学会においては真剣に取り組まねばならないような、大きくて深刻な問題が近年少数ならざる件数で生じております。それは、論文データの捏造や不正経理などにみられる、研究倫理からの著しい逸脱行為です。これらはマスメディアにも取り上げられ、社会的にも不正行為として指弾されているばかりでなく、研究者の作るコミュニティーの公正さにも疑問が投げかけられ始めているのは周知の通りであります。
科学研究は一直線に発展してきたものではありません。仮説の提示と検証という試行錯誤の繰り返しを経て、行きつ戻りつ発展してきた経緯があります。しかしこのような積み重ねの前提には「自然」に対する研究者の真摯な態度があったはずです。研究論文がもしも不正捏造データを含みそれが真実として受け止められるなら、学問的知識の継承・蓄積が根幹から揺らぎます。そしてその回復のためには、改めて膨大な労力が必要になります。このために、国などの研究費を支援する機関が、研究不正行為に対して関係研究者および関係研究機関に適切な処置を要求し、さらには研究費の申請の拒絶や、支出を停止する事態になっています。止むを得ないことだとは思いますが、一方で、研究の多くが共同研究から成り立っている時代において、このような事態が共同研究の委縮や大胆な仮説提示の抑制などにつながることを恐れます。
こうした状況の中で杉野明雄教授の論文データ不正捏造事件が起こりました。氏は本会において数度にわたって評議員、役員を歴任し、さらに2000年においては年会長を務めるなど、その研究者としての指導的立場と学会組織において果たしてきた役割を考慮すると、自ら為したとされるデータ捏造とそれらの論文としての公表は、論文がたとえ撤回されたとしても、影響の深刻さは測り知れません。本学会としても、この事態をきわめて深刻に受け止めねばならないのは明らかです。
本学会が組織として研究不正に対して取り組むのは遅きに失したとの批判はあると思われます。しかし今日においてもなお、研究倫理の問題に学会が正面から取り組むことがきわめて重要であるとの認識を持つに至りました。そして、12月5日の評議員会において研究倫理委員会を設置することが認められました。
委員は評議員5名より構成され、小原雄治(遺伝研)、田中啓二(都臨床研)、中山敬一(九大)、柳田充弘(委員長、京大、沖縄整備機構)、山本雅(東大)と決まりました。委員会は研究倫理の問題全般に取り組み、学会としての指針を作成しそれを速やかに公開することを目的とします。個々の不正問題については、会員および非会員の専門家にお願いしてワーキング・グループを結成し、調査と報告書の作成を依頼することになります。学会は、研究倫理委員会、個々のワーキング・グループの活動を支援する所存であります。
何とぞよろしくご支援、ご協力のほどをお願い致します。
2006年12月28日
日本分子生物学会
第14期会長 花岡文雄