第1回(2011年)富澤基金による研究助成の審査経過・結果報告

基金運営委員会委員長 山本正幸

この度「日本分子生物学会若手研究助成富澤純一・桂子基金」による研究助成の第一回受領者を決定いたしました。日本分子生物学会として初めての研究助成事業であり、また助成金の使途を直接的な研究経費に限定しないという我が国ではユニークな助成制度でもありますので、今回の審査経過と結果の概要を記録に残すことは、必要に応じて今後この制度を改善していく上で意義があることと考え、ここに報告いたします。

今回の助成は、2010年11月発行の会報97号で予告を行い、2011年1月7日から同31日まで応募を受け付けました。助成予定者5名に対し、応募総数は223件に達しました(応募書類に性別の記入は求めませんでしたが、お名前から判断して男性186名、女性37名)。基金運営委員(審査員)8名は、各自が全ての応募書類に目を通し、ヒアリング対象者を絞り込む作業を行いました。各委員が相応しいと思う方18名に点数を付け、合計得点の順に十数名をリストアップし、どなたをヒアリング対象者とするかについて合議を行いました。

応募者数の多さから、書面審査で委員の採点が散らばることが懸念されましたが、結果的には、まったく独立に採点が行われたにもかかわらず、得点上位者には多数の委員の支持が集まっていました。応募者のレベルの高さから、できるだけ多くの方をヒアリングに呼びたいというのが審査員の希望でしたが、掛けられる時間の制約等から、この段階で10名の方(男性5名、女性5名)にヒアリングを実施することとしました。

当初ヒアリングは3月18日に予定されていました。しかし、東日本大震災直後の混乱が収まらない状況では、参加者に負担をかけ、また審査員も落ち着いたよい判断ができないだろうという懸念から、延期が決定されました。その後関係者の日程を調整し、改めて5月29日の日曜日に東京でヒアリングが実施されました。審査員8名全員が出席し、またオブザーバーとして富澤先生にもご出席を賜り、1名あたり約30分のヒアリングを行いました。終了後、審査員の採点と合議により、当初の予定数より1名多い6名の方(男性2名、女性4名)を、第一回の若手研究助成対象者として選抜いたしました。

今回の選考は審査員にとってもまったく初めての経験であり、審査の過程は文字通り手探りで進められたといえます。各ステップで、どのような応募者が助成対象に相応しいか、どのように選考を進めていけばよいか、各審査員が真剣に考え、議論が交わされました。富澤先生がご寄付に込められた精神を大事にしつつ、具体的な個々の応募をどう判断するのかが問われました。

今回の審査を進めてきて、この助成制度の基本的な性格のようなものがいくつか浮き彫りになってきたように思われます。とりわけ、募集の文面に謳った「生命科学の基礎的研究に強い熱意をもって携わっているが、必ずしも研究資金に恵まれていない若手研究者」の具体像です。今後の選考における必須条件というほどの強いものではありませんが、次回以降の応募希望者の参考になると思われますので、以下に6点を列挙してみます。

1.この助成金は応募者のこれまでの研究業績を顕彰するものではない。この助成が応募者の今後の発展にどれだけ大きく寄与するか、により重点を置くものである。従って、今までに優れた業績を挙げていても、既に比較的恵まれた研究資金を受けている場合などは、審査においての優先順位は低くなった。

2.研究内容が基礎的研究を志向しているかという点にも重点が置かれた。この結果には、研究資金が得にくくなってきている基本指向の研究を助成したいという富澤博士のご熱意と、それをサポートする審査員の考え方が反映されているように思われる。

3.ボスのもとで大きなプロジェクトの一角を担うような研究よりも、小さくても応募者が自分の力で新しい研究を切り開こうとしているプロジェクトが評価された。別の表現では、この助成金を受けることによって始めてその研究推進が可能になるようなプロジェクトがより高く評価された。

4.上記のような判断基準に則って、応募者がおかれた身分・立場も参考とした。採択された6名中4名が、ちょうど独立グループを立ち上げようとしている研究者とテニュアトラックの任期付きポジションにある研究者であった。ヒアリングの印象では、このような立場の人々には、自分で研究費を獲得しなければ研究が成り立たないという危機意識のせいか、研究のアピールや質問に対する受け答えがきちんと準備されているケースが多く、結果的に高い評価が得られた。

5.採択されたのは結果的に女性4名男性2名であったが、審査の過程で性別が考慮されることは一切なかった。また、応募書類には日本分子生物学会員であるか否かを記入する欄はなく、審査員は審査過程でこの点につき全く認識がなかった。事後の事務局の調べによると、採択された6名中現会員が4名、元会員が1名、非会員が1名とのことである。

6.今回の受領者には典型的なケースは含まれなかったが、委員会では、挑戦的な研究テーマを掲げた、いわゆるハイリスクハイリターン型の応募者を評価しようとする機運も強い。従って、今後は挑戦的かつポイントを押さえた研究提案なども期待したい。

以上

「日本分子生物学会 若手研究助成 富澤純一・桂子基金」基金運営委員会
委員:山本正幸(委員長)、岡田清孝(副委員長)、阿形清和、小原雄治、近藤 滋、塩見美喜子、嶋本伸雄、谷口維紹

■ 第1回(2011年)日本分子生物学会 若手研究助成の助成対象者
<氏名・所属機関(職名)・研究題目 50音順>

○ 植木 紀子 Bielefeld University,Germany(博士研究員)
緑藻ボルボックス目の多細胞化に伴う走光性の進化:改良トランスポゾンタギング法による機能欠損変異体作製と遺伝子機能解析
(Evolution of phototaxis in Volvocalean green algae during the transition to multicellularity: Production of loss-of-function mutants by improved transposon-tagging and functional analysis of identified genes)

○ 大澤志津江 神戸大学大学院医学研究科細胞生物学G-COE(グローバルCOE研究員)
細胞競合の分子機構の遺伝学的解析
(Genetic dissection of cell competition)

○ 久原  篤 甲南大学理工学部生物学科(講師)
線虫C. エレガンスをもちいた環境情報の識別と適応の分子機構の解析
(Molecular mechanism underlying discrimination and adaptation for environmental stimuli in C. elegans)

○ 佐野 浩子 お茶の水女子大学 お茶大アカデミック・プロダクション(特任助教)
ショウジョウバエのfat bodyを用いた脂質代謝制御および内分泌機能の解析
(Genetic analysis of lipid metabolism and endocrine functions of Drosophila fat body)

○ 茶谷 絵理 神戸大学大学院理学研究科化学専攻(准教授)
アミロイドーシスの伝播を担うアミロイド自己複製反応機構の解明と制御
(Molecular mechanism of the self-replication of amyloid fibrils underlying the transmissibility of amyloidoses)

○ 丹羽 隆介 筑波大学大学院生命環境科学研究科(助教)
セロトニン産生神経依存的なステロイドホルモン生合成制御と発育プログラムの適応的調節
(Control of adaptive developmental program via steroid hormone biosynthesis regulated by serotonergic neurons)