「これでいいのか大学院教育!」開催報告

●日 時:2016年12月1日(木)11:30~12:45

●会 場:パシフィコ横浜 会議センター 3階301

●参加者:約310名

●司 会:胡桃坂 仁志(早稲田大学理工学術院、構造生物・創薬研究所 所長)

 

 「大学院教育」は教育を受ける博士課程の学生のみならず、進学を検討する修士課程の学生、指導する教員も関心を寄せている。本セミナーの開催に先だって大学院教育に関するアンケート調査を行った結果、500を超える多くの回答をいただき、大学院教育に対する関心の高さが浮き彫りになった。今回のキャリアパス委員会企画セミナーでは、「これでいいのか大学院教育!」と題して、まずはキャリアパス委員会委員長であり、生物科学学会連合のポスドク問題検討委員会委員長である東京大学分子細胞生物学研究所の小林武彦先生より、アンケート結果の要点をご紹介いただき、大学院教育が抱える問題について講評をお願いした。

〈変化する「博士」という資格の役割〉
 冒頭、博士の大量生産時代に入った結果、博士の資格としての役割が変化していると小林先生は述べた。具体的には1990年代の博士の大量生産時代によって博士の役割が変わり、何かを研究して成果を出した人(論文博士)から、定められた課程を修了し、高度な教育を受けた人(課程博士)となってきている。そして役割が変わったため、その活躍の場も多様化し、アカデミック職だけでなくいろいろな分野で活躍が期待されている。現状の課題として、
ⅰ博士号取得者の全てがアカデミック職に就くことは難しく、
ⅱ博士が生き残るためには新たな「技」の習得が必要である、
という点が挙げられ、このために大学院教育を見直す必要がある。つまり高度な教育という点で大学院教育の重要性を改めて考え直さなければいけない。

 アンケート調査の結果において、「大学院進学時に卒業後の就職状況や進路についての説明はありましたか?」という設問に対し、「なかった」という回答が多数であった。「大学院修了後の進路についての希望」が、「海外/国内でポスドク」、「企業の研究職」、「助教など大学常勤職員」がほとんど同じ数の結果であったことを考えると、これらの選択肢についての説明が大学院生に対して行われることが望ましい。一方、「将来の希望職に就くための就活以外の準備をしていますか?」、「就活を有利に進めるための取り組みを行っていますか?」、という設問に対しては「いいえ」が多数であった。博士の役割が多様化している現状では、これまでとは異なる多様な準備を要することを再認識する必要がある。また、「大学院での指導や教育は充分である(あった)と感じますか?」という設問に対して、「不足」「放置」との回答が3割に上り、大学院教育における大きな課題であると指摘された。「現行の大学院教育制度において、どのような点を改善した方がよいと考えますか。」、という設問には様々な意見が挙げられており、特に「講義と研究の比重」、「英語教育」、「研究室異動の難しさ」の3点が目立った。「大学院において、どのような内容の講義をおこなったらよいと考えますか?」は「統計学、プログラミング、インフォマティクスなど」、「研究倫理」、「論文・申請書の書き方」、「国内外の研究者によるセミナー」という実利的な4つの内容についてもっと講義が欲しいという意見が多かった。特に英語に関しては、プレゼン・論文作成の訓練は重要なので増やすべきだという意見が一番多かった。英語力は研究者としてのみならず、様々な職種においても重要になるので、是非トレーニングして欲しい。講評の最後に小林先生は、「大学院教育の見直し時期にそろそろ来ており、制度だけでなく、精神面も変えていかなければいけない」と締めくくった。

 その後、パネリストが登壇し、聴衆とケータイゴングを利用したパネルディスカッションが行われた。議論のテーマとして「なぜ大学院に進学したのか」、「現在の学生と教員の比率はどうなのか」などオーソドックスなテーマから、「博士課程進学後のキャリアに関する不安」といった内容など、幅広い意見を汲み上げることで、型にはまらない自由な議論が展開された。特に盛り上がった3つのトピックを中心に本議論を振り返りたい。

〈指導教員あたりの学生数は少なくすべき?現状維持?〉
 現在の教員:学生の比率は1:6~8であり、アンケート結果ではもっと少ない方がいいという意見が挙がった。理想的には教員1人に対して5名程度(各学年1~2名)だろうと指摘する意見がある一方、学生間で切磋琢磨することも大事であり、ある程度多い方がいいのではないかという意見も挙げられた。教員と密に付き合っていきたいのか、学生同士で切磋琢磨し合いたいのか、という二つの考えの両立が難しいために、意見が分かれるのであろうと分析された。続いて、大学院教育に「システマティックで質の保証された教育」「どこでも活躍できるような知的生産能力を身につける教育」「とにかく研究だけできればいい」などのいずれを求めるのかが議論された。アンケートの結果、多数の聴衆は「どこでも活躍できるような知的生産能力を身につける教育」を求めており、従来考えられていた「とにかく研究だけできればいい」という考え方の学生が減少していると指摘された。一方、教員は「研究重視」型が多数である。教員側が学生に望むものと、学生が望んでいるものが違うということを頭に入れないと、今後の大学院教育の改善は困難であろう。また、欧米では常識である、博士課程学生の給与に関しても、日本では立ち後れている。これには社会的な支援が必要であり、我が国の基礎研究を世界的なレベルに保って行くためには、実現に向けて常に働きかけていくことが重要であろう。

〈副指導教員制度の効用〉
 大学院教育において、教員と学生のマッチングが重要であると唱える声が多かった。最初から良いマッチングができればそれに越したことはないが、間違ったマッチングの場合、副指導教員制度を活用すべきだという指摘がなされた。風通しのいい教育制度を構築するため、副指導教員制度について名古屋大の取り組みを例に紹介していただいた。副指導教員の存在は、指導教員とは異なった視点でのコメントをもらい、学生の視野を広げるのに有用である。もちろん教員の板挟みにあい、学生が悲惨なことにならないように、教員側のモラルも重要である。
確かにこの制度が正しく機能しないこともあり得るが、副指導教員制度を正しく活用することは学生にとって多くのメリットがあり、今後はより多くの大学で導入すべきであると結論づけられた。これに伴い、充実した大学院教育のできる研究室についても言及された。大学院教育がうまくいく研究室はポスドクを多数有する研究力を持った研究室である場合が多い。研究成果をポスドクが中心的に出してくれれば、PIは学生に過度に期待する必要が無くなり、より大学院生のレベルに合わせた大学院教育が可能となる。一方、研究の主戦力が大学院生だけの場合、大学院生に過度な研究成果を期待することになり、大学院生のレベルに合わせた大学院教育は後回しにされがちになる。充実した大学院教育とポスドク制度は、どちらも我が国の基礎科学を発展させるために重要な課題として考えるべきであろう。

〈海外留学のススメ〉
 海外での研究経験は重要であり、行きたいと考えている人はぜひトライすべきという意見が口火を切った。さらに、行きたいと思ったときが行くべきときであるとの指摘がなされた。海外経験で得るものは多く、将来アカデミックに残るだけでなく、企業に行くにしても貴重な経験となるため、是非行って欲しいという意見が続いた。
 パネリストからは海外留学を強く勧める意見が多数挙げられた一方、実数として海外に行く人は大幅に減っているという問題が指摘された。海外には行きたいがその先が不安であるという意見と、ポスドクは先がないから博士に行かないと考えることとは、将来への不安が共通の要因として存在している。今回の議論では、実際に海外に行ったパネリストの話を中心に、留学先での研究生活で得られたことを議論した。海外での研究経験によって、日本での研究職だけでなく、海外のアカデミックポストやベンチャー企業への就職の可能性が広がり、多様な進路を考えられるようになったと意見がなされた。先を見ようと言っていても、先が見えないのが問題であるが、それはアカデミックだけではなく、今の日本社会全体で起きている共通の問題である。逆にそういう時代にこそ、博士を持つことによって、国内にとどまらないキャリアパスを持つという選択が実は良いのかもしれない。また、博士課程において、仕事を計画、立案し、遂行する能力を身につけることは、どのような職種においても重要なスキルとなるであろう。これらのスキルを、博士課程進学のメリットとしてアピールすることは悪くないのではないか、と議論された。
 今回の企画において、余裕をもって研究と教育を進めるための、博士課程の大学院生の経済的援助、教員数の確保とポスドクの安定的な雇用など、大学院の研究教育環境の構築の支援が必要であることが議論された。若い人たちがとにかく頑張って元気な日本の研究社会を作って行く、そのために私たちができることを考え、若い研究者のサポートを行うことが重要であることを再認識する良い機会となった。

(文責:座長・胡桃坂仁志)