「日本の基礎生命科学の源流と未来」開催報告

●日 時:2018年11月28日(水)11:30 ~ 12:45

●会 場:パシフィコ横浜 会議センター3階301

●参加者:約280名

●講 演:木村  宏(東京工業大学科学技術創成研究院)
石野 良純(九州大学農学研究院)

 

 2018年のキャリアパス委員会では、「日本の基礎生命科学の源流と未来」と題し、日本の分子生物学の源流から現在のゲノム編集までの最新技術、さらにはAIなどを駆使した情報システム生物学への発展を予見し、未来の基礎生命科学について考えることを目的としてランチョンセミナーを開催した。

 まずキャリアパス委員の木村宏先生から、日本の分子生物学の源流から今日に至るオーバービューとして、岡崎令治先生のDNA複製機構の解明について詳細な解説が行われた。加えて、サンガー法やPCR法などDNA複製関連の分子生物学の発展が重要な技術開発につながっていることが紹介された。講演後半では、基礎研究は厳しい状況であるが、研究の妥当性や独創性を、信念を持って伝えることの重要性が熱く語られた。また、「本当に重要な問題を解くことができれば、非常に大きな波及効果が期待できるということを語ることが重要である」という言葉がとても印象的であった。

 続いて、九州大学の石野良純先生に「CRISPRの発見」として、30年前のCRISPR配列発見の経緯やその後CRISPR-Cas9がゲノム編集に利用されるようになってきた歴史について紹介して頂いた。発見当時、その機能がわからなかったものの、論文にこれらの繰返し配列について記載することができたことなど、発見者しかできない実感のこもったお話であった。講演の最後には、「今までのバイオテクノロジーの遺伝子組換え実験、それからPCR、ゲノム編集といったキーになるテクノロジーは、すべて原核微生物の分子生物学から始まっている」という内容はとても説得力のあるものであった。私自身ゲノム編集ツールの開発を行ってきたが、第一世代や第二世代は、細菌の制限酵素を改変したものであり、細菌が宿主を制御するために進化させてきたことに、なるほどと思わされる内容であった。

 この後キャリアパス委員が登壇し、パネルディスカッションが始まった。このパネルディスカッションでは、ケータイゴングを用いてフロアからのアンケート結果や自由意見を取り上げながら進めた。参加者の属性は、大半がアカデミアの研究者(PIと非PI)、学生(博士あるいは修士)であったが、企業研究者の参加も見られた。今回、修士学生の参加が多かったが、これは本ランチョンのテーマが自身の進路を考えることにつながると考えたからかもしれない。現在「基礎研究」を行っていると回答した参加者が多い中、今後携わりたい研究では、「基礎研究」に次いで「医学への応用研究」や「まだ姿が見えない新分野・異分野融合研究(基礎寄り)」を選択した方が多く、今後応用研究寄りに進みたい(進まざるを得ない?)と思う人も増える傾向が感じられた。さらに、「今後の分子生物学で発展すると思われる(興味のある)研究は?」については、「ゲノム・核酸・蛋白質科学」「疾患・発生・神経・代謝科学」と「物理・数理・情報科学・AIとの融合」が多かった。これらの結果は、分子生物学会においても応用研究に重きをおく研究者が増える傾向(の一端)を示しているかもしれない。融合研究については、AIや新技術を加えた研究について期待が大きいものの、簡単なものではないことが司会者やパネリストから実体験を含めて紹介された。

 続いて行われたアンケートでは、「基礎研究をとりまく状況」についての複数の質問がなされた。回答では全体として基礎研究環境が(徐々に)悪化していると感じる傾向が見られた。しかし、そもそも基礎研究と応用研究を切り離すことはできず、「やはりそれの基盤となるべき基礎研究が大多数あって、その中から応用となり得るものが出てくる」など小林委員長からコメントされた。また、“このままでは基礎的研究が終わってしまったというような風潮”に対して、今後研究の問題設定を考え直す必要性についてもコメントされた。

 国の研究への投資に関する質問では、2020年に向けて研究開発への投資が増額されることについて十分とは考えられないとの回答が多く見られた。さらにパネルディスカッションでは、研究費と任期制について議論がなされ、研究者の任期制の問題が大きく、余裕がないところでは多様な基礎研究も融合研究も進まないことが浮き彫りになった。一方、最後の設問「独創的で科学の発展に大きく貢献できる研究ができているか?」について、「できている」との回答が予想より多く、これは分子生物会の基礎研究を重要と考える意識の高さを反映したものと思われた。

 本ランチョンセミナー全体を通して、解明すべき基礎的な問題はまだ多くが残されており基礎研究は決して終わっていないこと、基礎研究が進まなければ応用研究は生まれないこと、など多くのことが印象に残った。フロアとパネリストがケータイゴングを通して一体となって議論できたことにも大きな意義があったと言える。

(文責:座長・山本 卓)