●日時:2020年12月2日(水)11:45~13:00
●会場:オンライン開催(MBSJ2020 Online)チャネル:Ch 01
●参加者数:752名(のべ人数)
研究テーマの設定は、研究の進捗のみならず研究者のQOLやキャリアパスまでも左右するとても重要なものである。一人の研究者がその研究者人生を賭けて取り組めるテーマはそれほど多くなく、ましてや様々なデータの提出を求められて論文発表のために多くの時間・労力・資金が費やされる昨今においては、研究テーマの設定の重要性は益々強くなっているのではないだろうか。
研究者としてはキャリアを通して様々な場面で研究テーマと向き合うことになる。研究者としてのスタートを切る学生は、ほとんどすべての場合において、PIから与えられた研究テーマと向き合う。そこには運・不運があるが、それだけが学生時代の研究の成否を決めるわけでもなく、様々な工夫や鍛錬をもって研究テーマの遂行に腐心する。ポスドクや若手スタッフは、PIの研究テーマに自身のアイデアを重ねる機会が多くなると同時に、自身の研究テーマについて考えることも多くなるだろう。一方PIは、自他の研究の進展や新しい技術開発の波にもまれながら、新しい研究テーマの考案を強いられる。この時、学生時代からは想像もつかなかった苦難や恐怖を味わうPIも少なくないだろう。すなわち研究者人生の多くは研究テーマの設定に費やされると言っても過言ではなく、それに向き合う立場の違いから様々な軋轢も生じる。
2020年の分子生物学会のキャリアパス委員会ランチタイムセミナーでは、研究者であれば誰もが悩みのひとつとなる「研究テーマ」を取り上げ、特にキャリアを形成する若い研究者が他の研究室の状況を理解するとともに、現在の研究テーマの遂行や展開のためのヒントを得られるような企画を目指した。「あなたのその研究テーマ、続けますか︖ 変えますか︖」と銘打ったこの企画では、事前アンケートに548名、またオンラインで行われたセミナーにのべ752名の参加があり、様々な意見を共有することができた。
セミナーでは、まず事前アンケートの結果が紹介された。予想どおりであったが、研究テーマが順調に進捗している学生・ポスドク・non-PIは、研究テーマが順調ではない人と比べて、研究テーマや研究室に興味をもち、他の研究者ともよく議論する傾向にあった。これらの因果関係についての議論の余地はあるが、研究テーマの進捗が順調であれば研究者のQOLが上がることを再認識させられた。また順調に推移している研究テーマの多くは、当初のものから修正を加えていることも判明し、研究の進捗に応じた修正の重要性もクローズアップされた。興味深かったのは、研究テーマが順調にいかない理由について、学生・ポスドク・non-PIは「自身の努力不足」を一番に挙げたのに対し、PIは「テーマが悪い」ことをほぼ同率一番に挙げた点であった。どちらかというと若い研究者はテーマが絶対と思いやすく、PIは比較的冷静に(または恐々として)テーマの良し悪しを評価していることがわかる。事前アンケートでは、PIに内緒で行う「隠れテーマ」についても意見を求めたが、学生・ポスドク・non-PIは職位が上がるにつれ隠れテーマをもつ傾向にあり、PIはそれを許容する傾向があった。一方で、研究費の不足や研究テーマの集約という理由から隠れテーマを許容しないPIも一定数(約30%)いた。興味深かったのは、多くのポスドクやnon-PIが自身の独立のために隠れテーマをもっていると回答した一方で、現在PIの一定数(約30%)は自身のキャリアで隠れテーマを「ほとんどしなかった」または「まったくしなかった」点であった。これは必ずしも隠れテーマが独立と直結しないことを意味しており、後述するようにセミナーでも議論された。
次にセミナーはQ&A方式の議論に移った。パネリストとして、胡桃坂仁志(東京大学)、倉永英里奈(東北大学)、鈴木淳史(九州大学)、花嶋かりな(早稲田大学)、山本卓(広島大学)にご参加頂いた。様々な議論がされたが、本稿では「研究テーマ」に関するQ&Aの中で見えてきた「研究者としての資質とは」「研究テーマの修正とは」「独立するための隠れテーマとは」という3点に論点を絞ってセミナーの内容を要約したい。なお本文中に引用した意見には要約・意訳があることをご了承頂きたい。
セミナーで研究テーマについて議論する中で「研究者としての資質とは」という言及が多かったように思う。すなわち若い研究者が自身の研究テーマがうまく進まない、または面白くない場面でどのように行動するかにより、研究者としての資質が問われるといった内容だ。パネリストからは自身の経験談も含めて「一見、面白い研究でなくとも自分なりにアレンジして面白い方向に持っていける(花嶋)」「テーマの良し悪しばかりでなく、自分なりに研究を楽しもうとする姿勢や工夫が大事(山本)」「研究テーマが面白くない場合、PIの興味に即した形で自分なりのテーマをアレンジするのが大事(胡桃坂)」などの意見が聞かれた。共通するのは与えられた研究テーマを無条件に丸呑みするのではなく、そのテーマを始めるにあたり、または得られる結果に応じて、自分なりの考えや工夫をもって研究に臨むことが重要であるという意見である。実際に研究テーマがPIの言う通りに展開することはまずないし、時にはPIすら解釈に困る結果が出ることもある。若い研究者は与えられたテーマを自分の研究として捉え、様々な考えを巡らすうちに、新しい可能性や展開が目の前に広がり、引いてはその研究テーマに愛情が芽生えるのではないだろうか。言い換えれば、愛情が芽生えるまで研究テーマに対して真摯に向かい合えるのが研究者として必要な資質ということになる。「ポスドク時代に明らかに面白くない研究テーマを与えられた(胡桃坂)」場合でも、それを言下に否定するのではなく、自分なりに温めて、時にはアレンジを加えて、発展させることが、PIという一人間との研究の営みの中で良い成果を出していくコツのようである。
上記の内容に合わせて、セミナーでは研究テーマの修正の必要性について活発に議論された。まずは前提として、PIは研究テーマの修正に寛容であるという点と、これまで順調に進捗した研究テーマの多くは修正という過程を経ているという点が確認された。その上で「研究テーマの修正とは」どのようにされるべきであろうかという議論になった。セミナー中に頂いたコメントおよびパネリストたちの意見は、研究テーマの修正にはPIと実験者(学生・ポスドク・non-PI)のコミュニケーションが極めて重要であるということに終始した。「最近は学生も大人しく、なかなか研究テーマの修正を議論する機会がない(コメント欄)」「なかなかPIを怖がって研究の修正を言い出さない場合がある(山本)」などの意見があったが、「サイエンスを語る上ではボスではなく人(胡桃坂、鈴木)」という共通意識がある限り、若い研究者は積極的にPIと研究テーマの修正について議論するべきだと感じた。もちろん議論なので理論構築と伝達力が必要であるが、PIとの真剣な議論を繰り返すうちにそれらのスキルも向上するだろう。テーマの修正と合わせて研究者としての必要なスキルが向上するのだから一石二鳥である。PIと実験者双方の意見は研究テーマの修正を有意義なものにするための両輪である。「ブレークスルーの元を作るのは最前線にいる学生(コメント欄)」であるし「最前線で戦っている実験者は目の前のことに集中しているのに対し、PIは一歩引いた立場で判断できる(胡桃坂)」ためである。繰り返しであるが、実験者が思っている以上にPIは研究テーマの修正に寛容であるため、積極的に議論を交わすのが良いであろう。ただし「PIを論破するような勢いはあっても良いが仲間割れはダメ(コメント欄)」「議論においては常に相手に対するリスペクトは大事(鈴木)」ということが前提になっていることを付け加える。
最後に隠れテーマについて議論された。事前のアンケートではポスドク・non-PIが自身の独立のために隠れテーマをもつという意見が多かったために、キャリアデベロップメントにおける「隠れテーマとは」について議論された。現在PIとなっている研究者の意見としては「隠れテーマを持たず研究室のテーマをしっかりやったか、隠れテーマを早々にオープンにして研究室の発展に貢献したことが独立への道(胡桃坂)」「隠れ続けてやれるのはほんの一部で、オープンに議論していくことが大事(倉永)」というものが大半であった。隠れテーマの定義については議論の余地はあるが、成果発表のプロセスや研究費の適正な運用、また研究における議論の重要性という観点から、隠れテーマをオープンにせずに継続および成就させることは難しく、早々にオープンにして発展させる方が建設的であると思われる。隠れテーマを持つ背景として、昨今のアカデミックポジション獲得の困難さがある。しかしながら、隠れテーマをオープンにして研究室の成果に組み込まれたとしても「アカデミックポジションへの採否を審査する側は候補者の研究室における立場や背景をちゃんと評価する(倉永)」ので、現状のポジションでしっかりとした研究成果をあげることが重要であると思われる。
以上がセミナーで議論されたことの要約である。若い研究者、とりわけ学生やポスドクはPIから与えられる研究テーマと向き合うことになるだろう。しかしながらPIもサイエンスの前では、少し知識を持った一人間であり、(一生懸命考えてはいるものの)研究テーマに関して完結までの隅々を見通せているわけではない。この点が実験者に申し訳ないと思う理由でもある。若い研究者は、その見通せない最前線に繰り出して誰よりも早くそこにある風景を見出し(それが実験者の醍醐味でもあるが)、それをPIの描写と照らし合わせる。その作業の中で、自分の考えを持つための知的体力を身につけ、最前線の攻略法について、果てはテーマの修正についてPIと議論できるようになれば、研究者としてのトレーニングの大部分は終了しているように思う。研究テーマについては、学生もPIも関わらず翻弄され、悩まされているのである。本企画によりその意識が共有され、立場を超えて研究テーマについてオープンに議論するきっかけとなることを祈って、本企画の総括とする。
(文責:座長・林 克彦)