●日時:2021年12月2日(木)11:30~12:45
●会場:ハイブリッド開催(パシフィコ横浜 会議センター3階301 + オンライン)
●参加者数:175名(現地130名:オンライン45名)
2019年の分子生物学会でキャリアパス委員会が主催したランチョンセミナー「それでいいのか? 研究室の選び方」について、文部科学省若手官僚有志が2020年10月に立ち上げた「AirBridge」から研究室選びのあり方に関して意見交換したいという申し出があった。AirBridgeとは、政策議論の中心課題となっている博士課程学生への経済的支援だけでなく、研究室環境や研究指導等において学生・研究者を取り巻く様々な課題も重要な課題と位置づけて積極的に行動しているワーキンググループである。AirBridgeからの申し出を受け、キャリアパス委員会ではこれまで計3回のオンラインミーティングをAirBridgeと行い、予想以上に白熱した議論を展開してきた。その中で、「これまでは「研究は楽しい」といった話を中心にしてきたが、学位を取った人の社会的ニーズをもっと発信していく必要がある」という博士号の価値や活かし方に着目した議論が特に盛り上がりを見せたことから、「本企画で研究者と文科省の若手官僚が議論することで、仮にすぐには目に見える効果がなくても、5~10年先には国を動かせるような基盤ができるとよい」という共通認識が生まれた。そこで本年度のセミナーでは、「文科省・若手官僚もの申す! ~AirBridgeと考える博士号の価値と活かし方~」と題し、大学院への進学やその先もアカデミアで研究を続けることの是非や問題点、また、それらに伴う不安や葛藤を浮き彫りにすることを念頭においてセミナーを企画した。例年ではキャリアパス委員会の委員6名と司会1名で執り行うセミナーを、今回はそこにAirBridgeの6名を加えた計12名のパネリスト+司会1名の大所帯で実施する初めての試みとなったわけだが、参加者からのコメントを通じて様々な意見を共有・再認識することができた。
本セミナーでは、まず、文科省の池田宗太郎さんからAirBridgeのこれまでの活動について、スライドを用いて紹介してもらった。池田さんは文部科学省高等教育局大学振興課大学改革推進室大学院第一係に所属し、AirBridgeを立ち上げた発起人の一人で、事実上AirBridgeの中心的役割を担う人物である。活動紹介では、AirBridgeが「博士課程の学生を中心とした研究現場のリアルなところを議論する場」であることや、昨今の博士課程支援に関する政府の動向として「博士後期課程学生の処遇向上」における金銭的支援と「産業界へのキャリアパス・流動の拡大等」が挙げられることについてご紹介いただき、さらにAirBridgeが博士課程修了者にアンケートを行った結果の一部が紹介された。アンケート結果では、民間企業に比べてアカデミアでは「上司・指導者・同僚」の能力が劣るという意見が多いことや、教員の研究指導力や人格の欠落が「ブラック研究室」と呼ばれる研究室を生み出すことが示されており、学生の研究室選びにおいては、「研究テーマ」だけでなく、「教員の性格」、「指導方針」、「研究室の雰囲気」も重要なことが浮き彫りとなった。そして、教員の評価においては、論文の発表実績や外部資金の獲得状況だけでなく、人材育成という面でも評価される必要性があることを説かれた。しっかりとした研究室でしっかりとした教育を受けた学生が多様な場で活躍する、そうした姿が本来の大学院教育には求められ、その結果として博士号の価値が上がるということが再認識された。一方で、問題は学生教育にあるだけでなく、博士号取得者を使いこなせない社会環境にも問題があるのではないかという意見も述べられた。以上の内容については、報告書の公開に向けて作業中であることも付け加えられた。
池田さんの講演では、博士課程修了者の民間企業への就職についても焦点をあてて話された。まず、民間企業において重要と考えられている専門分野と現在の研究者数を照らし合わせた場合、分子生物学をはじめとするライフサイエンス分野の人材が過剰供給になっていることが述べられた。博士課程の学生は自身の研究テーマに関連する企業を就職先として選ぶ傾向が強いが、民間企業が博士課程修了者の採用で重視するのは「資質・潜在能力」や「技術変化に対応する能力」などであることから、企業ニーズとの間にミスマッチが生じていることが問題だと話された。民間企業に就職した博士課程修了者が就職後に役立った能力として「論理性や批判的思考力」、「データ処理能力」、「最先端の知にアクセスする能力」などの普遍的能力が挙げられていることも紹介された。博士課程修了者のキャリアパスとして民間企業への就職は1つの選択肢であるが、その一方で、民間企業に就職したら「負け」、「逃げ」、「ドロップアウト」と認識されるような固定観念が大学院にはあること、そして、それが民間企業に進むにあたって心理的なハードルとなっていることも述べられた。
池田さんの講演後、双方向議論のツールである「Slido」を用いて本セミナー参加者に対するアンケートを行い、その結果について意見交換を行った。パネリストとして、AirBridgeから池田宗太郎さん、梅田理愛さん、高山正行さん、遠藤佑さん、奥山隼人さん、山下慶太郎さん、キャリアパス委員会から岩崎由香さん(慶応義塾大学)、木村宏さん(東京工業大学)、來生(道下)江利子さん(第一三共株式会社)、島田緑さん(山口大学)、林克彦さん(九州大学)、斉藤典子さん(がん研究会)の総勢12名にご参加いただいた。
まず、練習の設問として本セミナー参加者の属性を尋ねた。その結果、学部の学生と修士・博士課程の学生が合わせて43.3%を占め、アカデミアのポスドク・非PI職が25.0%、アカデミアのPI職が25.0%、企業の研究職・非研究職が3.6%、その他が3.0%であった。アカデミアの方に多く参加してもらったことは嬉しかったが、学生の就職問題を考えると、企業に方にもっと多く参加していただきたかったというのが本音であった。
次に、アンケートの設問1として「はじめて研究者になりたいと思ったのはいつですか?(択一)」と尋ねたところ、大学院の修士課程と博士課程でそう考えた人はそれぞれ9.7%と3.6%と比較的少なく、学部学生(31.5%)を筆頭にそれ以前に研究者になりたいと考えた人が多いことがわかった。また、設問2として「ずばり、今後アカデミアで研究したいor続けたいですか?(択一)」と尋ねると、「絶対にアカデミアに残りたい」と答えた人が12.6%しかいないのに対し、「アカデミア以外の選択肢も考えたい」、「アカデミア以外で研究したい」、「他業種で働きたい」と答えた人はそれぞれ53.3%、15.6%、8.4%と多く、アカデミア離れの傾向が見てとれる結果となった。ただ、「アカデミア以外の選択肢も考えたい」という選択肢には「アカデミアに残りたいが」という前置きがあることを考慮すると、アカデミアに残る場合のリスクが大きいことがアカデミア離れの要因の1つになっていることが示唆された。
続いて設問3では、「AirBridgeのアンケートによれば、「アカデミアから離れること = “負け”、“逃げ”、“ドロップアウト”」といったような風潮もあるようです。みなさんはどう思いますか?(択一)」という、冒頭の池田さんの講演でも触れられた、大学院における固定観念の存在について尋ねてみた。その結果、「強く感じる」と「感じることがある」が合わせて49.1%、「あまり感じない」と「感じない」が合わせて50.9%と、感じる、感じないがほぼ半数ずつであった。この結果は、AirBridgeが以前行ったアンケートで4割程度の方がそう感じると答えた結果に近いものだった。この結果を踏まえ、パネリストからは自身の経験も含めて「アカデミアで博士まで行ったのに企業とか官庁に出てしまうことがもったいないよね、という外圧的なものを感じることは結構ありました。(梅田)」、「アカデミアから離れるということに関しては、やはり、ドロップアウトというふうに自分自身がそうやって偏った見方をしていたところがあるので、半分ぐらいの人がそう感じたことがあるということには違和感は全然ないです。(中略)それは20年前だったのですけど、今でもやはりそういうふうに感じている人がいるということがちょっと驚きかなと思います。(來生)」などの意見が聞かれた。アカデミアから離れることを「負け」、「逃げ」、「ドロップアウト」と捉える風潮はこの十数年で薄れてきたといえるが、そのような考えはまだ根深く残っており、PIを含む研究関係者だけでなく、広く企業や官庁を含めた世間一般において、博士課程修了者がアカデミアから離れることを「もったいない」と感じていることが示唆された。
続く設問4では、博士課程への進学理由を広く尋ねる目的で、「研究への興味以外で博士課程への進学を決めたor今後決める理由は何ですか?(複数回答可)」と質問してみた。研究への興味以外では、「研究者という職業に憧れるから(46.9%)」、「博士号の取得が将来のキャリアに有益だと思うから(45.7%)」、「性格的に合いそうだから(35.8%)」を選んだ人が比較的多い結果となった。この結果から、博士号を今後の人生に活かすという積極的な姿勢と、率直に研究が好きだからという精神的安定を求める姿勢が垣間見えた。また、続いて多い選択肢に「研究への興味以外にはない(19.8%)」、「授業料や生活費に目途がたちそうだから(17.9%)」、「就職活動が面倒だから(12.3%)」が挙がったことは、研究への強い熱意を感じ取れる一方で、金銭的余裕や消去法によって博士課程への進学を検討する人が少なくないことを教えてくれた。興味深いのは、「他者(親や指導者、先輩など)から勧められるから(8.6%)」や「身近にいる同僚などが博士課程へ進学するから(6.8%)」を選んだ人が比較的少ない点であり、博士課程への進学については自らで考え、決断する傾向が強いことがわかった。パネリストからは「もし人生の目標が研究をしたいということにあるならば、恐れることなく博士課程へ行かなくてはならないと思います。(島田)」、「大学院というのは専門的なことを研究することも重要だと思いますけど、そうした専門的な分野の研究を通じて世界的に博士号取得者が評価されているというのは、その専門的な研究を通して得られた問題解決力がグローバルに評価されているものだと思っています。(中略)博士号取得者というのはすごいんだというところ、ただ単純に研究をしているだけではなくて、高い問題解決能力を持っているんだということが社会の中でどんどん認知されるようなかたちになっていけばいいのではないかと改めて思った。(遠藤)」、「博士課程に進んだ人が全員研究者になるのではなくて、今回来てくださっている池田さんたちのような官僚になってくれたりすることによって研究者や研究に対する政府の理解が深まって、研究者の立場が良くなったり、企業で活躍してくれたりすることでサイエンスや経済が発展したりと、回り回って自分たちのようなアカデミア研究者も得をするということがあるのだろうとも思っています。(岩崎)」などの意見が聞かれた。本セミナーの参加者には、「博士課程に行って本当に意味があるのか」、「博士課程を出たとたんに無駄になってしまうのでは」と考える人がいたり、逆に「博士課程に行って知識を学び挑戦することが今後の自分を形成する」と考える人がいたりして、コメントが分かれているのが非常に興味深かった。また、他のセミナー参加者のコメントに「大学教員が男性ばかりで参考になる話を聞けない」との意見があり、これに対し、パネリストからは「特に博士課程の皆さんとかは自分のコミュニティが狭くなるみたいな部分もあると思っていて、そういうところで進路の不安でもいいですし、例えば女性であるとか、博士課程そのものが社会的にはマイノリティだと私は思っています。そういった閉塞感的なものをいかに壊して情報を得ていくか。心理的にちょっと不安な部分を互いに後押ししていくかというところが大事になってくるかと思います。(梅田)」といった意見が聞かれた。
設問5では、本セミナー以前に行ったAirBridgeとのオンライン会議の中で話し合った議題に関連し、「博士課程修了後のロールモデルの情報を何から得ましたかor今後得られそうですか?(複数回答可)」という質問を行った。結果として、「同じ研究科・研究室の先輩(44.4%)」、「同じ研究科・研究室の教員(41.3%)」、「インターネット上の情報(31.9%)」、「学会等を通じて得た同じ研究分野内の先輩などとの繋がり(26.9%)」を選んだ人が「ロールモデルとなる人が周囲にいなかった・探さなかった(23.8%)」を選んだ人よりも多く、博士課程修了後の進路検討には他者の存在や意見を重要視する傾向が高いことが示唆された。パネリストからは「特に多様なロールモデル、あるいは自分自身が進路を考えるにあたってなるべく等身大に近いようなロールモデルが見つかっていくことが大事になってくるかと思います。(高山)」、「アカデミアからドロップアウトするみたいなことを考えているのは年寄りだけで、実際若い人はそうではない。むしろ、その受け入れ先である企業や社会のほうももうちょっとそういう意識を持ってほしいという活動を、文科省も含めてやっていかなければいけないのかなと思いました。(木村)」、「ロールモデルとして研究室の先輩とか教員しか見ていないので、そこから違うところに行くときにドロップアウトするような感じにとらわれたりする。情報が足りていないということだと思うのです。(林)」などの意見が聞かれた。また、キャリアパス委員会側から「今文科省の方がちょうど来ていて、文科省で博士課程を持っている人の価値というか、他の方と違うところというのは情報としてはあってもいいのかと思って、そこを聞きたかったです。(林)」とのコメントがあった。それを受け、AirBridge側から「現場感覚も持って、データ分析ができて、それを積み重ねて1つのロジックを組み立てるという仕事の仕方は、僕は博士課程に3年間行っていなかったら絶対できなかったなと本当に思いますね。(池田)」、「政策効果がどれだけアウトカムとして出てくるのかという因果関係といったことも研究をやらせていただいています。それは本当に昔の経験が生きているかなと思っているところですので、そういったところも博士号の価値としてあるのかなと思っております。(高山)」といった意見が述べられた。
冒頭の池田さんの講演でも示されたように、産業技術調査事業のアンケートによると分子生物学分野は企業ニーズがあまり高くない分野の1つといった印象がある。そこで設問6では、「分子生物学分野からの広いキャリアパスについて、皆さんはどう思いますか?(択一)」という質問を行った。その結果、「キャリアパスの開拓には新たな挑戦や改革が必要である(65.2%)」と考える人が6割以上いることがわかった。今回の分子生物学会にも見られるように、最近の分子生物学分野は大きくその裾野を拡大・発展させていることから、すでに新たな挑戦や改革が必要なことを研究者は肌で感じ、実際に行動に移していることがわかる。一方で、「キャリアパスが開拓できる見込みはない(15.5%)」という選択肢を選んだ人も少なからずいたことから、すでに絶望感を抱いてしまっているのかもしれない。また、設問6に関連し、設問7では「あなたが研究を行う上で同時に身につく関連分野の知識やスキルはどのようなものがあると思いますか?(複数回答可)」と尋ねた。その結果、従来通り「医学・医療(74.0%)」や「創薬・化学(47.4%)」といった医薬関連分野を選んだ人が最も多いという結果になったが、その一方で、昨今の研究の潮流から「統計・数理(52.6%)」や「情報科学(AI・プログラミング)(46.1%)」といった情報・数理科学分野を選ぶ人もそれに次いで多かった。こうした結果を踏まえ、パネリストからは「やはり打たれ強いというか、学問というのは流行り廃りが必ずあるものなので、そういう覚悟はある上で我々に何ができるかということを常に個人レベルで、あるいは団体レベルで考えられたらいいなと思いました。(中略)最初に現在の分子生物学会が企業におけるニーズに少しずれているような指摘もありましたので、それを理解するということも必要だし、だけど十分にいろいろな方向があるというところがうれしく感じました。(斉藤)」、「そういうふうに研究が多様化していけば、ライフサイエンス分野の方の身につく能力もどんどん多様化していって、お互いに研究の発展もするし、いろいろな能力も身につくしということで、博士人材の輩出という意味でも、基礎研究の振興という意味でもウィンウィンな関係で、どんどん発展していったらいいなと個人的には思っているところです。(奥山)」、「「情報・統計」が半分近く選ばれているというのはすごくエンカレッジングと思います。5年前か10年前に同じアンケートを取っていたら、「創薬・化学」が「医学・医療」に次いで高くて、「情報・統計」はすごく低かったと思います。(木村)」、「逆に分子生物学をやっているからニーズがないと自分たちで思い込むのではなくて、分子生物学を軸にしているけど、それ以外の周辺の技術もあるのだから、そちら側で就職すればいいじゃん?という発想も必要なのかなというのはちょっと思うところです。(池田)」などの意見が聞かれた。一方で、「企業ニーズとの関連で、企業ニーズのために大学院が存在していいのかどうかというところはちょっと疑問だなと私は思っています。(島田)」との意見もあり、社会からの要求に答えられるよう努力しつつも、学問の徒である自らに誇りをもって研究活動に邁進するといったバランスが重要なのではないかと感じた。そして、こうした博士課程の学生を企業側はもっと理解し、使いこなすような変化が必要になるのではないかとも感じた。こうした考えに対し、パネリストからは「分子生物学の中でも、さっき言ったITとかビッグデータを扱うというところのニーズが高まっているというのはあると思うので、そこをさらに学問としてどう発展していくのかが大事なのかなと思います。(來生)」といった意見があった。研究者は企業ニーズを理解し、うまく取り入れる努力を怠らず、しかしそれに恭順することなく学問を極める姿勢を保ち続けることで、企業側にも博士課程修了者の価値が伝わるのだと感じられた。
次に、設問8では「博士課程に進むことでどのような「強み」や「価値」が身につくと思いますか?(複数回答可)」という質問を行った。その結果、ある程度予想通りに「論理的思考力(79.2%)」、「問題解決能力(78.0%)」、「特定の分野に関する専門性の高さ(70.4%)」、「プレゼンテーション能力(67.3%)」、「課題設定能力(66.7%)」が上位を占めた。博士課程でこうしたスキルが身につくと考えて努力することは今も昔も非常に大切なことだ。その一方で、博士課程修了者が今後非アカデミアの業種でも活躍していくためには、専門性の高さはもちろんのこと、それ以外の能力や技術も要求されることが本セミナーで浮き彫りになった。そういう意味でも、博士課程であまり身につかないと考えられている「リーダーシップ(13.8%)」、「マネジメント能力(29.6%)」、「コミュニケーション能力(29.6%)」、「国際的に通用する資格(30.2%)」を意識して学び、習得することが必要になるだろう。とりわけ、企業が「リーダーシップ」を博士課程修了者に求めることは必然といえることから、博士課程在学中に同僚や後輩を指導するといった、今も昔も変わらない研究室での習慣が自然にリーダーシップのスキルを向上させてくれるのではないかと感じる。面白いのは「忍耐力」が身につくと考える人が結構いることだ(57.9%)。博士課程での研究活動を厳しいと感じる人は、それを克服することで忍耐力がつくと考えるのだと思う。それはそれで正しいと思う。しかし、そもそも地道に研究を続け、失敗を重ねながらも自分を信じて進み続けるには、初めから忍耐力が必要だ。その忍耐力を博士課程でさらに磨き、その後の人生に活かしてほしいと思う。パネリストからも「求めたひとには与えられる時代になっているからこそ、積極的にチャンスをつかみに行く人とそうではない人との差が生まれがちなのかなと思うところもあります。ぜひ学生の皆さんは、自己プロデュースではないですが、限られた時間にどれだけのどういった機会を求めるか、というポイントも意識してもらえればと思いました。(岩崎)」、「「問題解決能力」や「論理的思考力」、「課題設定能力」は、研究者としての仕事でなくて行政官として働かれている中でもすごく高いものがあって、(中略)例えば「忍耐力」もそうですし、恐らく研究者として働かれていく中や、博士課程での経験を踏まえて「リーダーシップ」とか「マネジメント」でもすごく高い能力を発揮されている方が多いなと私自身も感覚としてあります。(山下)」といった意見が聞かれた。
続いて設問9では、「アカデミア以外のキャリアパスを考えたときに、「自分の専門分野や研究テーマとの親和性」と「それ以外の能力(論理的思考力など)が活かせること」のどちらを重視しますか?(択一)」という質問を行った。結果は予想通り、「専門分野や研究テーマとの親和性も大事だが、それ以外の能力も活かしたい(53.0%)」が最も多い回答となった。この結果を受け、パネリストからは「大事なのはそれ以外の能力を生かすというときに、その「それ以外の能力」をどうやって身につけて、どうやってPR するかだと思うのですね。(池田)」、「例えば企業が求めるニーズというのが、どれだけの職種の企業がどれだけの割合で入っているのかも、ここではわからないので、その辺をライフサイエンスに絞ったかたちでもう少し詳しい解析があるといいなというふうに感じます(林)」、「修士、博士でも人材はいるけれども活用ができていないというのが現状の課題であり、例えばそれをもっと活用できるようなものをつくっていくとか、せっかく国としてそれだけ人を育てているのに活用できていないというところが問題なのかなと思います。(來生)」などの意見が聞かれた。これらの意見に付け加えるならば、能力といっていいかわからないが、博士課程で研究に取り組む自分、そして博士課程を修了した自分にもっと自信をもつことが必要ではないかと思う。その自信は相手には信頼となり、自分にとっては責任感として残る。自分を信じ、いろいろなことに挑戦してほしいと感じた。
最後の設問10では、「キャリアパス委員会でこれまで議論してきた以下のテーマのうち文部科学省と自由に意見交換できるとしたら、どんな内容に興味がありますか?(複数回答可)」という質問を行った。これは文科省への陳情というものではなく、議論を深めたいと思っているテーマを知るための一種のアンケートのようなニュアンスで問うてみた。その結果、本セミナーのテーマでもある「博士号取得者の活用について」を選択した割合が57.7%と高いことから、このテーマに対する感心の高さが伺えた。また、これに加えて「無期雇用の待遇、永年テクニシャンを含めた職位の多様性について(61.1%)」と「学費免除、生活費支給制度の拡充について(56.4%)」を選択した割合も高く、これら3つの選択肢がトップ3となった。「学費免除、生活費支給制度の拡充について」に関する議題は過去のキャリアパス委員会セミナーでも取り上げており、最近ではJSTの「次世代研究者挑戦的研究プログラム」が開始されるなど、博士課程の学生に対する支援活動が実現しつつある。こうした制度の継続や拡充を今後も期待したい。一方で、「無期雇用の待遇、永年テクニシャンを含めた職位の多様性について」では無期転換ルールが施行されるなどのアクションが見られるが、数年ごとに申請し続ける必要がある競争的資金の獲得状況に雇用が左右される今の研究環境にはこのルールが必ずしも合致しているとはいえず、逆に適正者の継続雇用が妨げられたり、自由度の高い研究活動が阻害されたりするなどの不利益が生じることもある。また、博士課程修了後のアカデミアでのキャリアパスを考えた場合、今も昔も最終的にPIになることが当たり前のように求められる。しかし、研究が好きで好きで続けたいが、PIにはなりたくないと考える人も少なくないのではなかろうか。こうした人材がそれを理由にアカデミアから離れるのは、その人にとっても、また我が国の将来にとっても決して良いこととはいえない。博士課程修了後のキャリアパスについて、例えば永年テクニシャンなど、アカデミア内部においても多様性が必要な時代なのではないかと感じる。
今回、キャリアパス委員会のセミナーでAirBridgeの若い官僚の皆さんを交えて議論する場を持てたことは、大学院生だけでなく、研究に携わる多くの方にとって意味のある一歩になったのではないかと思う。こうした形式のセミナーはキャリアパス委員会としては初めての試みだったことから、通常の倍の数のパネリストや議論の集約性など、反省し改善すべき点は多くある。しかし、文科省の、特に今後の政策を担う若い官僚の皆さんと課題を共有できたことは、課題を議論するだけで満足するのではなく、今すぐでなくとも、今後5年、10年先に「変化」を実現できる可能性を実感できたように思う。パネリストから「アカデミア以外でも使えるような能力というものを、自分たちの研究指導の中でどうやって身につけさせていって、それが本当に自分の学生たちが世の中に行ったときにどんな活躍をしているのか、これを全部把握した上で、学生の指導を行っている教員はどれだけいますか。(池田)」、「AirBridgeさんは若手の代弁者のようなところもあるので、真摯に話を聞くのもシニアにとっていい機会かなと思いました。(斉藤)」といったコメントをもらったように、我々研究者側もその「変化」を生み出すべく、行動し努力する必要があるのは言うまでもない。
本セミナーでは博士号取得者の価値とそれをどう活かすかがテーマであったが、セミナー参加者からはそれ以外のトピックに関する意見や現状の不満などに関するコメントが多く寄せられた。これは、そもそも文科省と議論したい課題が山積みで、かつ個々人でそれらが異なることの裏返しであり、まだまだ議論の時間が必要なことを物語っている。冒頭にも述べたが、本セミナー以前にAirBridgeと行ったオンラインミーティングでも議論は右往左往し、まとまったようでまとまらないまま本セミナーを迎えたことは、今ある多くの課題がそう簡単には解決できないことを明確に表しているのだと思う。しかし今回、AirBridgeの池田さんから「こうやって実際に表に立って研究者の方々とガチガチに議論して、本当にブッ飛ばされるのではないかみたいな、そんな胃がキリキリするような思いをするという経験が、少し我々のほうも自信と謙虚さを得る手段として必要な気がしています。博士課程の支援について、私は今大学院を担当する係にいるということもありますので、少なくとも今回のこういう議論やこの先の議論は私の業務内容においてしっかり反映していこうという気持ちは十分あります。」とのコメントももらえたことから、今回のような議論が今後も継続して行われ、少しずつでも課題の改善・解消に向けて前進することを期待したい。
(文責:座長・鈴木淳史)