キャリアパス対談
第1回:塩見美喜子×小林武彦

委 員:塩見美喜子(委員長 / 東大・理)、小林武彦(遺伝研)
日 時:2013年4月26日(金)17:00~19:00
場 所:東京八重洲ホール

【塩見】今回、大隅典子理事長のお考えで、これまでの若手教育問題ワーキンググループ(以下、若手教育WG)と男女共同参画委員会の活動を統合した「キャリアパス委員会」がスタートしました。特に若手のキャリアパスを応援していくことが私たちの受けた使命と感じていますので、昨年一昨年と若手教育WGが主催する企画であった「若手教育シンポジウム」で司会をご一緒させていただいた小林先生にまずはお話を聞いて、キャリアパス委員会の目指すべき方向性について考えてみたいと思います。
 小林先生、このたびは委員就任をご快諾いただきましてありがとうございます。

Takehiko Kobayashi【小林】塩見先生、こちらこそ引き続きよろしくお願いします。
 私たちが活動してきた若手教育WGは、若手研究者の教育という観点から、将来に向けた研究倫理観の醸成を目指す方策の提案を目的に、研究倫理委員会の下部組織として設置されました。初代の中山敬一先生(九大・生医研)にはじまり、水島昇先生(東大・医)、白髭克彦先生(東大・分生研)、そして私が座長を務め、次は塩見先生に引っ張ってもらおうというタイミングで大所帯の委員会へ改組されたようですね。
 若手教育WGは、年会企画として研究倫理に関する講演やパネルディスカッションからなるシンポジウムを開催してきましたが、昨年は「めざせ!コミュプレの達人」と題し、コミュニケーションとプレゼンテーションをテーマに掲げるなど、ここ数年は若手研究者の日常的な疑問に応えられるよう実践的な企画へとシフトしてきました。また、押し付けがましい一方通行の議論にならないように、参加者からの意見を具体的な事例として議論を進めるため、投稿されたコメントをリアルタイムにモニターできるケータイアナライズシステムを導入したことで、昨年のシンポジウムも参加者から高い支持を得ることができたと思います。

【塩見】携帯端末を使用するという小林さんの斬新なアイデアをお聞きした当初は、正直どうなることかと不安でいっぱいでしたけど(笑)、パネリストも楽しんでいましたし、参加者との一体感があって本当に面白かったですよね。

【小林】阿形清和年会長がIT化を打ち出した年会だったこともありますが、若手に受け入れられやすい企画にしたかったのが一番の理由でした。ただ、携帯端末の使用が初めてということで、シンポジウムの本番をイメージしながらの準備は実は私も不安いっぱいでした。学会事務局の並木さんがシステムの構築から運用までをよく考えてくれたので、パネリストと意見交換できる聴衆参加型の企画が実現できました。自画自賛ですが(笑)。
 そのパネルディスカッションでは、「ラボ内のコミュニケーション」や「英語でのプレゼンテーション」など6つのテーマについて話し合いましたが、参加者の意見分布で塩見先生が特に印象的だったことはありましたか?

Mikiko Siomi【塩見】「英語がうまく話せれば外国で研究したい?」という設問だったと思いますが、「Yes」と回答した参加者は8割を超していました(※会報104号参照)。実は海外で研究したいという若手が多いことを嬉しく感じましたし、「最近の若手は海外志向がない」という世間一般の認識との間に大きなギャップがあることを知ることができました。
 私たちは文科省のお役人ではないけれども、こういうポジティブで気概のある姿勢をキャリアパス委員会が少しでも後押しできるよう、若者を今後どう育てていくかという土台づくりを研究者の視点から提案できたらと思っています。

【小林】まったくの同感です。海外へ出ることや帰国したあとのキャリアに若者が不安を抱くのは当然ですよね。ましてや、人材の流動化や国際化が進む昨今ですから、一定の世界標準を理解した若者を育成する意義が大きいからこそ、教える側が備えて然るべき基準がなければいけません。
 若手教育WGとしての昨年までの活動からも、例えば機器の使い方や実験ノートの取り方など、千差万別のラボルールがあることを痛感しています。ただ、一般的な基準を示す素材があまり存在しないのが実際のところですから、PIの決めたルールがラボの絶対的な標準になってしまうのでしょう。ある程度の均一化を模索するきっかけのひとつとしても、若手教育シンポジウムのような企画を通じて「これが標準です」みたいなことを若手に伝えることが大切です。

【塩見】アメリカで私が所属した機関(米国ペンシルバニア大学)には、複数のラボで共有できるラウンジが各フロアにあって、他のラボメンバーとも食事や研究の話ができる、つまりコミュニケーション、インタラクションをとるための格好の場となっていました。共有オートクレーブといった施設もあったりして、ラボ同士がすんなりと交じり合うことができた。そして、そこには目には見えない多くの効果があったように感じていました。
 でも日本は、同じフロアに複数のラボがあっても、ほとんどコミュニケーションがない場合が多い。こうなるとラボルールを含め、視野、考え方が硬直化するばかりか、外に出る不安も増し、良し悪しはともかく他のラボを知る機会を逸していることになりますね。

【小林】PIにはなかなか意見しづらいし、ラボの外を見るのは国境を越えるより難しいことかもしれません(笑)。また、PIとのコミュニケーションが上手くとれていない若手が多いことは、昨年のシンポジウムで実施したアンケートからも伺えました(※会報104号参照)。
 だからこそ、若手にかぎらずPIの教育も必要だ、ということは塩見先生がキャリアパス委員会の第1回会議(2013年3月26日実施)進行のなかでおっしゃっていましたが、昨年12月の年会でおこなわれた男女共同参画企画でも同じ議論がありました。結局のところ、PIの考えが変わらなければ、若手がラボルールを変えられるはずないですよね。どうしたらいいでしょうか、PIの教育は若手より難しいでしょうね?

【塩見】たしかにそう思います。でも、PIの教育が必要だと感じている方が少なくないこともたしかです。一つは、アカデミアにポジションがあるとして、誰かを採用する場合、業績だけでなく、その人をみる、ということも大事でしょうね。例えば「人事」というテクニカルな切り口で、小林先生が所属する遺伝研ではPIをどのように採用していますか?

Takehiko Kobayashi【小林】遺伝研は公的な機関なので人事も可能な限りオープンで公平にやっています。外部の方を含む評価者によって、まず書類から候補者を数名に絞ります。その後、最終候補者全員に選考セミナーを、原則同じ日にしかも公開でやってもらいます。これで公正で透明性の高い選考になるように努めています。ですので、どなたが最終選考に残ってどなたが選ばれたかわかります。
 応募者(テニュアトラック以外)に推薦状は要求しませんが、参考資料として挙げてもらう照会者4名のうち2名は外国人にしていただいています。選考委員会はその4名にヒアリングして意見を聞き、最終的に1名を決定します。選考委員は、自分たちの同僚となり、大事な学生の指導をゆだねる方を選ぶ訳ですから慎重に慎重を重ね、大変消耗します(笑)。

【塩見】いい人を採るためだから消耗していただかないと困ります(笑)。エネルギーを使うべきところですよね。すこし話は逸れますが、例えば同じ機関が若手をペアで受け入れる、といった様なシステムがあってもいいですね。

【小林】夫婦採用ですか。いいと思います。若者がキャリアを積むべきときにいきなり別居は辛いですし、夫婦とも採用できたら少子化対策にもつながりますよ。夫婦で同じ職場はまずいというのは、機会均等を目指した昔の公務員的な発想でしょうか?

【塩見】私もそれは古い発想かなと思います(笑)。アメリカでは、どちらかが先にポジションを得るとして、その際にパートナーのポジションも交渉することが実際にあります。もちろん、そのパートナーのキャリアであるとか、業績、人柄が評価されるのは当然ですが、いきなり競争の激しい都市部というのは難しいとしても、夫婦が離ればなれにならず、生活を共にしつつ研究をすることができるシステムが地方からはじまってもいいかな、と思います。

【小林】「夫婦で一緒にアプライしたい」と公言できる日本人は多くないかもしれませんけどね。

【塩見】そんなシャイである必要ないですよ。ポジティブで気概のある姿勢でチャレンジして欲しいと思いますし。でも、まず土台がいりますね。私たちキャリアパス委員会としてもこういったシステム改変の提案にチャレンジしてもいいかも。

【小林】「いつやるか?今でしょ!」という委員長のお考えがよくわかりました(笑)。
 さて、若手教育WGでは私たちも多くを学んできましたが、今期からのキャリアパス委員会として具体的な取り組みはどんなことを考えていますか?

【塩見】まさに大隅理事長がお考えのように、男女共同参画委員会の活動と別個に捉えるのではなくて、ちょうど境目に見えてきた問題をそれぞれの視点から考察するため、若手教育に関する問題とマージさせることから歩み始めようと考えています。

【小林】「キャリアパス」という言葉は企業組織で使われることが多いですが、私たちの、学会での捉え方として「研究というスキルの向上を通してアカデミックも含めた職業の選択幅を広げていくこと」をいうのでしょうね。

Mikiko Siomi【塩見】そのとおりだと思います。企業に人材を輩出するといった意味合いで「キャリアパス」が使われることもあるのですが、そうではなくて、学生時代に学んだことを次のステップへ活かすことができるのは、アカデミアであったり、企業であったり、ひょっとしたらベンチャーであったり、いかにしてつなげていくかという意味でも、研究者という専門職でトレーニングされた若手の可能性を広げてあげられるような手助けがキャリアパス委員会の使命と思っています。

【小林】若手の武器はなんといっても創造性や独創性だったりするわけですから、先人たちのマネをせずに自身の個性を最大限に活かす一助になれたらいいですね。

【塩見】はい、そこで今年の年会では、初日と二日目のランチョン枠にキャリアパス委員会としての企画を開催することにしました。
 初日(12月3日)は菅裕明先生(東京大学大学院理学系研究科)と片田江舞子さん(東京大学エッジキャピタル)にご講演いただき、キャリアパスをどう活かすか、いくつかの事例を交えてディスカッションしたいと思います。
 二日目(12月4日)には、情報・システム研究機構の元機構長である堀田凱樹先生をお招きし、「科学の未来を見据えた研究テーマの設定(仮題)」についてご講演をいただく予定です。

【小林】今年もケータイアナライズシステムを導入して、参加者とパネリストが双方向にコミュニケーションできるリアリティのある企画にしたいですね。
 「分生の初日と二日目のお昼はキャリアパス委員会企画に全員集合!」みたいな感じですか。全員は入れませんけど(笑)。

【塩見】そうですね(笑)、でも多くの若手を魅了する、そしてエンカレッジする企画になると良いですね。私も今から楽しみです。小林先生、本日はありがとうございました。