キャリアパス対談
第5回:佐藤 健×柳田素子

委 員:佐藤 健(群馬大・生調研)、柳田素子(京大・医)
日 時:2014年8月29日(金)14:30~16:30
場 所:東京八重洲ホール

【佐藤】キャリアパス対談も第5回となり、これまでのテーマと内容が重ならないようにと考えていたのですが、あえて肩の力を抜いて(笑)、自分はどうして今研究をしているのか、そのあたりのことを掘り起こしてみたいと思います。柳田先生、今日はお願いします。

【柳田】佐藤先生、こちらこそよろしくお願いします。キャリアパス委員の先生方とはいつもフランクにお話させていただいていますが、会合ではやはり年会の企画などが中心になりますので、今日はいつもと違う視点でお話できたらいいなと思っています。

【佐藤】はい、そうしましょう。
 臨床医でもある柳田先生ですが、先生はどうして基礎へ進もうと思ったのですか? 特別な現象を目の当たりにしたとか、何かきっかけがあったのでしょうか?

Motoko Yanagita【柳田】医療の場においてはガイドラインや診療マニュアルなどが数多く存在しますが、では誰が診療しても同じかというとそうではなく、その方が診たら腎不全への進行が明らかに遅いという「名医」がいらっしゃいます。当時研修医だった私は現代科学では未だ解明されていない何らかの現象があるのではと思いましたが、それが言語化、一般化されていないと感じていました。
 この名医のようになるにはよほど経験を積んだり、勘が良くないといけないのでしょうけれど、私にはその自信がなかったんですね。だから、勘が良くない私はその現象の言語化を目指すのがいいのかな。そう考えたのがきっかけでした。

【佐藤】なるほど。基礎研究というひとつの言語化によって社会でその情報が共有され、またそこからの進展があることで臨床の現場にも言語が持ち込まれることになりますからね。その後、なにか実践的な場面において言語化について感じたことはありますか?

【柳田】全く別の分野のお話なのですが、料理人の方とお会いしたときのことです。かつては、「俺のやっているとおりにやれ」といった業界のならわしのようなものがあったそうです(笑)。でも、いまでは世界中に日本食が認められているので、むしろ日本食を世界に紹介していかなくてはならない。グローバルに展開するにはわかりやすく数値化する必要があると。
 例えば、出汁には何パーセントの塩分が美味しいとか、水の硬度や加熱する温度、マグネシウムが大きく関係する見た目の色、引き上げるタイミングなど、数値化は可能だということを教わりました。これは当然、マネされてしまうリスクを承知のうえでの取り組みなのですが、こういう考え方を医療でも応用できたらいいなと思いました。

【佐藤】一般化という視点ですね。高い目標ですが、私たち研究者が社会へ還元すべきひとつの成果といえるでしょう。

【柳田】そうなんです。だからこそ私は生命現象に注目し、それを言語化して、例えば名医の診療が誰でも可能にしたくて大学院へ進みました。
 佐藤先生はどのように研究の世界へ入られたのですか?

Ken Sato【佐藤】大学3、4年の頃から、ラボに入ったばかりの私を先生や大学院生の先輩がよく居酒屋へ連れ出してくれたのですが、お酒を飲みながらサイエンスの話をしていると、未解明の生命現象にドンドン興味が湧いて、なんだかすごく楽しかったんです。細胞の中にあるひとつひとつが独自のアイデンティティーを持っていて、なんで小胞体は小胞体なのか、ゴルジ体はゴルジ体なのか、物質がいかに生命を保っているか、そういうかなり基礎的なところからのめり込んでいきました(笑)。
 ラボが変わっても、皆で切磋琢磨する緊張感のある環境でしたから、誰よりも早くこの現象の秘密を知りたい、そんな風に思えたのでしょうね。その後は生物を変えながらいまに至ります。

【柳田】佐藤先生のように、学生の頃から同じテーマに取り組んできて、長く研究が続けられるスタイルにはすごく憧れます。やはり、時代の変化や流行もありますし、軸をしっかり保つのは大変なことなのだと思いますから、連続性のあるお仕事は本当に素晴らしいですね。

【佐藤】優秀な人ならとっくに解決しているのかもしれませんが(笑)。
 大きなファクターとしては、指導していただいた先生方やラボの仲間達にめぐまれてきたということがあるでしょうね。研究室はひとつのファミリーとはいえ、もとは知らぬ者同士。お互いに関心があって、ある程度のことが言い合えるようでないといけません。お互いの関心が維持されていれば、誰かがおかしなことをしてもまわりが気付くじゃないですか。性格や個性は違いがあって当然ですから、PIはそのための環境をつくり、常にフェアであることが重要だと思います。

【柳田】おっしゃるとおりですね。お互いがお互いの研究に興味があって関与しあっていると、よい緊張感と適度な競争が生まれるのだと思います。
 ただ、ある程度のプレッシャーは適切に働くと思うのですが、過度のプレッシャーは思考を停止させ、モチベーションを下げてしまうように思います。今はPI自身が競争にさらされているので、大変な面もありますけれど、できればPIも含めて、ラボ全体がunexpectedに対する期待というか、予期しなかった何かが起きたとき、むしろ楽しむ余裕を持っていたいと思います。私たち人間が想定できることには限界がありますし、想定できることは他の誰かも研究しているかもしれませんから、かえって激しい競争があるかもしれません。でも想定外の事実が見つかったとき、これまでにないストーリーが生まれる可能性があると思うのです。

Ken Sato【佐藤】確かに研究を進めていると自分たちの想定するデータと違う結果がでることが結構ありますよね。その時点では作業仮説とあわない場合でもそのまま論文に載せることにしています。後々、その“違いこそ”が実は正解であることがわかったり、新しい現象を捉えていたりすることがままあります。想定と実験事実がずれたときには、そこに何か秘密が潜んでいるかもしれない、そこから新しい切り口が見えてくもしれないチャンスでもあるわけです。ストーリー先行ではなく、目の前のwetな実験から出てきた結果に素直であるべきですね。たとえ自身が想定したストーリーと違っていても、現実で起きている事実と向き合うのが研究者の真骨頂です。

【柳田】そうですね。ストーリーに合わないデータや現象も含めてむしろ公に提示しておくことが大切ではないかと思っています。その実験を行った時点でのテクノロジーの限界も認めて、その時点ではその現象の意味付けはできなかったとしても、進歩したテクノロジーでは違った解釈が説明できるようになるかもしれないですから。
 10年くらい前でしたか、システムバイオロジーやバイオインフォマティクスが発展するとwetの実験がなくなるんじゃないか、あるいはシステムバイオロジーで出された仮説を検証する役割になってくるのではないかと言われましたが、実際そうはなっていないですよね。
 それは、想定内と想定外の事象があるからじゃないかと思います。wetをやっていることで、想定外の現象を発見するチャンスがありますし、それが面白いのだと思います。

【佐藤】なるほど。ところで最近、なにか新しい生命現象をみつけても、あまりトップジャーナルに相手にされなくなっている気がしませんか?「なんだ、現象を見つけただけじゃないか」と(苦笑)。

【柳田】私もすごく感じます(笑)。
 個人的には、生命現象を見つけることは新しい分子を見つけるのと同じくらい大事なことではないかと思います。分子を見つけた時点ではその分子にどれほどのインパクトがあるかはまだわかりませんし、その後かなり検証を積まなければ分からない。
 でも例えば腎臓病の進行度の違いを説明できるような生命現象を見つけて、それが色々な方面から確かめられたとしたら、その現象が存在しているのは間違いないと思うのです。短期的にそのメカニズムをどこまで解明できるかは分からないけれども、その生命現象を世の中に提示することで他の誰かが分子メカニズムを明らかにしてくれるかもしれない。それが大事だと思います。

【佐藤】はい、現象論だと言われても、その第一歩がなければ何も始まりません。若手にはそういうパワーを見せてもらいたいですね。リスクの大きい小さな一歩でも、氷の海へ最初に飛び込む一羽のペンギンのようになってほしいです。自分がそれを最初に見つけたんだと言えるんですから。

Motoko Yanagita【柳田】それこそが若手のモチベーションを上げるひとつの答えでもあると思います。自分の観察から新しい現象を見つけたときの喜びは何事にも代えがたいものですから。自分の観察を重要にして、それを検証しつつ、誇りを持って、自分の疑問に立ち向かっていってほしいと思います。
 私は独立してちょうど10年目ですが、ようやくラボ内でサイエンティフィックコミュニケーションがとれるようになってきたかなと思っています。お互いを認めて、それぞれの持っているツールやスキルを共有して補い合い教え合い、ディスカッションも活発になってきました。
 それともうひとつ、自分がPIになると、自分がいかに恩師や医学部にいらした先生方にお世話になってきたかが、痛いほどよくわかってきました。思い返せば、自分が研究生活に迷うたびごとに、恩師や先生方に助けていただいてきました。自分の講座の教授にはもちろんのこと、違う講座の先生方にもいつも親身に相談に乗っていただき、本質的なアドバイスをいただいていました。自分もそうでなくてはいけないと思いますが、自分の講座のことや目の前のことで精一杯で、それではいけないなあ、と反省しています。

【佐藤】私が学部生のときお世話になった恩師は、いまでも必ず年賀状を送って下さいます。当時は「20代のうちは死ぬ気で頑張りなさい」と発破をかけられましたし、30代になってからは「ここからが本当の勝負だよ」というメッセージを送り続けてくれました。そして今、私のデスクから叱咤激励してくれているのは、「ここからが独創的な研究をやるときです」です。
 卒研生として1年足らずお世話になっただけの私に今でも関心を持って頂けるのですから、本当にありがたいことです。自分がしていただいたことを若手にどうしてあげられるか、私にとって「レジェンド」となる先生方は今でもそれを教えてくれているのだと思います。

【柳田】そうですね。数あるラボから選んでくれたのですから、この一期一会を大事にしたいですね。学位が取れてよかったねということだけではなくて、ひとりひとりに深く関わって、研究生活をやってみて良かったと思ってほしいと思います。佐藤先生、今日はありがとうございました。

Keep moving forward!