委 員:胡桃坂仁志(早大・先進理工)、須藤裕子(東レ・先端融合研)
日 時:2015年8月21日(金)15:00~17:45
場 所:TWIns 2階 共有会議室B
最終回を迎えた今回は、ミュージシャンを志して東京の大学へ進学した(と言い張る)胡桃坂委員と、バイオテクノロジーやナノテクノロジーなどの分野で世界をリードする東レの須藤委員に対談していただきました。キャリアを積むうえで、おふたりはどこに軸足を置いて、どんなことを大切にしてきたのでしょうか?
キャリアパス委員会は、若手教育問題ワーキンググループと男女共同参画委員会の活動を引き継いだ委員会として、年会でのランチョンセミナーや委員による対談などで様々なテーマを取り上げてきました。本委員会の活動が博士人材のキャリアパスを拓くひとつのきっかけとなることを信じています。
(第19期キャリアパス委員会 委員長 小林武彦)
【胡桃坂】今日は、企業とアカデミアの双方でキャリアを積み、本委員会に産業界から唯一参加されている須藤さんとの対談ですから、特に私たちアカデミアの研究者が実はあまりよく知らない、企業で研究するということを中心にお話できればと考えています。須藤さん、よろしくお願いします。
【須藤】胡桃坂先生、こちらこそどうぞよろしくお願いします。
私が在籍する東レ株式会社は、有機合成化学、高分子化学、バイオテクノロジー、ナノテクノロジー、これらのコア技術を発展させながら、成長市場へ向けてさまざまな先端材料を開発している企業です。そのなかで、バイオとナノの分野における基礎研究の推進と技術融合を目的とする先端融合研究所で研究に従事しています。
もともと研究職に興味のあった私は、サイエンスを続けるには英語をやらなければいけないという気持ち、そして若さゆえの勢いもあり(笑)、アメリカにて大学学部生時代からポスドクまで10年間程を過ごしました。アメリカのアカデミアでは、様々な背景の人達と幅広い研究に従事することで実に多くを学びましたが、ポスドクの頃からもう少し世の中に身近な研究がしたい、社会に役立つことが感じられる研究がしたい、と思うようになり、企業への道を選びました。
【胡桃坂】須藤さんは留学への決断がかなり早かったんですね。
マスターで留学するよりもドクターを持ってポスドクとして行く方が簡単なんじゃないか、薬科大の学生だった私はそう考えました。しかし、いざアメリカへ留学してみると、ネイティブの学生たちがどうやってポジションを探しているのかがとても参考になったんです。それに、英語が上達してくるにつれ自然とオープンマインドでドアをノックできるようになり、就職活動先が世界中のラボに広がったような気になりました。
早稲田の電気・情報生命工学科は、電気の先生方が非常に柔軟なお考えなので、インフラである電気に生物や情報を入れることで、境界分野で活躍できる人材育成に取り組んできました。それぞれの研究テーマから得られた理論や技術を組み合わせることで融合領域へ展開する、まさにオープンマインドがもたらす化学反応でしょう。PI以外のパーマネント職が減っている生物系のアウトプットを考えれば、どうも日本のアカデミアは逆行しているように思えてなりません。
【須藤】そうですね。アメリカではPIとポスドクや院生以外にサイエンティストやテクニシャンというポジションがあり、しっかりとした分業制が成り立っています。多様性という言葉でも表せるかもしれませんが、個々のポジションを担うスタッフを置くことで研究を推進させていると思います。
一方で企業の研究を考えると、アカデミアとは研究に対してのマインドに少し違いがあると思います。企業では、いかに成果を社会に還元するかが求められますので、アカデミアでTLOが頑張っているように、製品化までに必要な知的財産をどう確保するかなど、特許に関する知識や経験が重要です。また、製品についての安全性の確保に加え、良識ある研究者では思いも寄らないこと、社会への還元とはまったく別の用途に使われてしまうリスクを認識することも求められます。
ですから、企業はこのような研究マインドを社員が早めに身に付けることを期待します。そのために入社後の育成サポートはかなり充実しており、中堅になるまでにいろいろな仕事を任せられるのが当然ですから、企業への転職を考えている方はタイミングを誤ることのないように注意するのがいいでしょうね。
【胡桃坂】人材育成については、産業界のほうがかなり進んでいるのを実感します。あるレベルにまで育った人材を登用しているからなのか、企業で順調にいっている方は、私のように余計なことは言わないし、何より感じがいいですよね(笑)。
【須藤】弊社の場合、人材を育てることがマネージャー職に求められる特に重要なファクターですが、上下関係が比較的薄いアカデミアにおいて独立したサイエンティストを養成することとは基本的な考え方が異なるかもしれません。ただ、アカデミアでも企業でも新人にとって、教えてもらわないとわからないことは確実に存在しますので、人材育成に関するある程度組織的な取り組みや機会は必要であると思います。
特にアカデミアにおいて自立したサイエンティストを目指すには、まず論文を上手に書くための技術を身に付け発信力を獲得しなければなりません。論文であれば、公開されている質の高いものを参考にスキルアップができると思います。一方で、研究費などの申請書の書き方はPIから教わる部分が大きいと思います。日本語でも英語でも、論理的に正しい文章を書くということは非常に難しいことであり、私も日頃から分かり易い良い文章を書くよう心掛けてはいますが、日々苦心しています。
【胡桃坂】おっしゃるとおりです。PIを目指す目指さないに関わらず、安定的な環境で勉強する時期がないとなかなか厳しいものがありますよね。テクニカルライティングは日本語も英語もあまり変わらないですから、余計なことは盛らず、重要なことが確実に伝わるよう情報を整理し、それをロジカルに書くトレーニングの繰り返しですね。
論文が出たりするとスタッフや学生が目を輝かせて喜びます。そういう様子を見ると私も本当に嬉しいですし、素晴らしい光景と思います。高いレベルを目指すのはきついですが、ラボの仲間がいるから楽しめるんですよね。だからこそ、他愛のない日常的なコミュニケーションを大切にしたいんです。
【須藤】そうですね、成功している方はコミュニケーションが上手ですよね。
忙しい日々の中でも、他人との関わりを大事にする努力を怠らないという証にほかなりません。それに、社会に目を向けて世の中の動きを絶えず意識することが大事だと思います。絶好の機会は日常という枠組みのすぐ外にあるかもしれないですから、関係ないと思えることも見過ごさないようアンテナの感度を上げておくことを心がけています。
研究者何人かで議論が始まれば、大抵の場合喧々諤々となりますからね。そういうものが日常にあふれている分野ですし、あえて寄り道してみる勇気を持ってもいいでしょう。アカデミアでも企業でも、研究活動は長い道のりになることが多いですが、自分自身の研究が社会に役立つのだと思うことが研究推進のための最大のモチベーションです。
【胡桃坂】製品化されると産業が生まれて、そこに雇用が発生する。生物系の業界全体に波及することだってありますからね。
あえて現実に目を向ければ、研究テーマが実を結ぶのには5年~10年かかると言われますが、ひとつのことに粘り強く取り組める人、生涯勉強を続けられる知識欲求の強い人、夢を現実に、カタチにしたいという情熱をもっている人、博士人材とはこういう集団なんです。
今回の対談を通じて、企業の求める人材、求められるマインドやスキルについてあらためて考えることができました。またそれは同時に、人材の育成こそがアカデミアにおいても大変重要だと再認識する機会になりました。私たちPIは、博士人材の育成から目を背けることなど許されるはずがないわけです。これまで以上に厳しく、テクニカルライティングを指導していきますよ。
【須藤】胡桃坂先生、今日はありがとうございました。
~日本分子生物学会キャリアパス委員会-委員~
小林武彦(委員長)、石井 優、井関祥子、岩崎 渉、大谷直子、小野弥子、胡桃坂仁志、須藤裕子、中川真一、東山哲也、柳田素子