キャリアパス対談
第9回:斉藤典子×花嶋かりな

委 員:斉藤典子(がん研)、花嶋かりな(早稲田大・教育・総合科学)
日 時:2020年3月23日(月) 13:15~15:15
場 所:TKP品川カンファレンスセンター ミーティングルーム6J

 キャリアパス委員会企画の年会ランチョンセミナーで参加者の皆さんからリクエストが多いテーマに、「研究者のキャリアパス」「PIになるには」「研究とライフイベントの両立」などがあります。今回、本委員会で男女共同参画学協会連絡会の連絡委員を務める斉藤委員と花嶋委員に対談していただいたところ、これらのテーマいずれにも関係する内容となりました。おふたりとも、海外留学、そして大学と研究機関の両方に所属された経験がある女性PIとして、ラボの内外でさまざまな相談が寄せられているようです。

(第21期キャリアパス委員会 委員長 胡桃坂仁志)

 

【斉藤】花嶋先生のラボは若い人がたくさんいますよね。

【花嶋】はい、学生が多いです。斉藤先生のところは、学生さんはおられるのですか?

【斉藤】私のラボは今、博士を持つ研究者が5人くらいで、大学院生は1〜2名、学部生はいません。将来独立を希望している人にはそのために必要だと思うことを伝えますが、PIを目指すのではなく、純粋にサイエンスを続けたいという人もいます。海外で確立されてきたシニアサイエンススタッフのようなポジションが日本にもあるといいのですが。

【花嶋】日本の大学では、P Iになるか、サイエンス(アカデミア)をやめるか――企業に例えるなら全員社長になるか、社員がいなくなってしまうか、みたいになってしまっているような印象ですね。

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【斉藤】そうですよね。実験系の論文など、書き始めてから1~2年かかるようなものもありますし、3年という任期は特に生物の研究者にとってはかなり厳しいです。そこに、乳幼児を育てるといったライフイベントが入ると、どうなることか…。
 分子生物学会の会員比率をみると、学生会員の4割は女性ですが、正会員に占める割合は2割です。出産や育児に専念しようと思った人以外にも、キャリアをあきらめてしまった人も中にはいるのではないでしょうか。
 シニアサイエンススタッフのような安定した職、あるいは一度ライフイベントに注力してまた研究に戻ってこられるパスを作ることが求められているのでしょうね。お子さんを育てる時には、研究を続けながらも子どもファーストの時期を持ち、一段落したら研究メインに戻ってこられるというような。

【花嶋】アメリカにいた頃、ラボのメンバーはファミリーと仕事の垣根が低いと感じていました。日本では仕事とプライベートをきっちり分ける傾向がありますけど、バランスを取れる環境なら「両立しなくちゃ!」というプレッシャーが軽減できるかもしれません。私がポスドクで行ったラボでは、ボスとのミーティング中に奥さんからの電話が何度もかかってきたり、実家の親と電話で喧嘩している人などもいました(笑)。
 近年、海外へ行こうという人が減ってきているようですが、若手から留学などの相談を受けることも多いと思います。

【斉藤】はい。アプライや留学については「あなたがやりたくて、家族を犠牲にしないなら」と積極的にチャレンジすることを勧めています。
 海外でいいラボに行って、「隣のベンチで研究していた人があの国際学会でオーガナイザーをやっている」なんてことになると、お手本にも刺激にもなって良いですよね。ただ、一度海外に行ったら帰ってこれないのではないかという不安もあるようです。

【花嶋】以前キャリアパス委員会のアンケートで「PIになるために必要なもの」を尋ねたところ、PI自身の回答では「研究実績」に加えて「運」が意外と多かったのです。とりあえず海外へ出て好きなことをやってきた人が結果的にうまくいったということなのかもしれません。

【斉藤】すごく勇気が出ます。

【花嶋】理研にいたときも、どんな人がPIになるかを見ていたら、確かに皆さんすばらしい経歴なのですけれど、好きで研究に打ち込んでいる人たちでした。海外の大御所のPIと話していても、やはり面白いサイエンスをやっている人が彼らと仲良くなれるみたいですね。

【斉藤】そうそう。共通の通貨を持っている、みたいな。サイエンスの内容が面白い話をしてくれる人は魅力的ですよね。

【花嶋】全人口のうち男性と女性の比率は半々ですけれど、研究者の比率は1%未満であることを考えると、まず研究者であるという共通点を大切にしたいですね。
 私も、女性の学生から「やっていける自信がない」と相談を受けることがあります。自分が研究員だった時も、サイエンスがすごいと思う人は性別に関係なくいたのですが、女性のPIで研究と家庭を両立している人がいると、とても参考になるなと思いました。

【斉藤】お子さんができると年会に参加しにくくなるというのは確かですよね。託児室を利用できるのはありがたいけれども、参加するとヘトヘトになります。預け先がある場合は、綿密にプランを立てます。山のような荷物を準備して、持ち物に名前を書いて…、全部自分でオーガナイズするんですよね。でも、そこまで準備して、子どもが熱を出したら年会には不参加、頼んでいた預け先も航空チケットも全てキャンセル、といった手配をすることになって。私は子育ての早い段階で母に来てもらうことができて、感謝するとともに、何かズルしているような気持ちになっていましたが、それでも母がいれば「ごめんお願い!」ができる。年会に託児室があることはもちろん重要ですが、それで十分ということではなくて、利用者の負担を少しでも減らせるように努められると良いと思います。
 花嶋先生は「小1の壁」(学童保育は子どもを預かってもらえる時間が保育園より短いなど、子どもが保育園から小学校に上がるタイミングで子育てと仕事の両立が難しくなることの比喩)をどうやって乗り越えました?

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【花嶋】それが幸運なことに、ちょうど子どもが小学校に上がるタイミングで、ママ友の多い学区に引っ越すことができたんです。それでもう、お互いに助け合っていました。

【斉藤】すばらしい。それ、いいアイデアですね。

【花嶋】でも、今も時々ズルしています。母だけでなく義母まで遠方から来てくれることもありまして。喜んで来てくれるので、申し訳ないのですが本当にありがたいです。

【斉藤】やはりなかなか大変ですよね。ただ、この託児マネジメントはラボマネジメントのトレーニングにもなるので、子育てに男性も入ったらいいだろうなと思います。

【花嶋】確かに、子どもが生まれてからのほうが仕事を効率よくこなせるようになった人もいますね。子どもをお風呂へ入れてラボに帰ってくる男性もいますし、研究者って結構フレキシブルで子育ての環境に恵まれているのかもしれません。

【斉藤】男女共同参画の問題は世界共通なようで、先日の国際シンポジウムでも、ヨーロッパの錚々たる女性研究者から経験談をおうかがいしました。その中には、出産後数週間でレビューを受けなければならなかった、というものもありました。

【花嶋】日本より海外のほうが進んでいるイメージがありますけれど、必ずしもそうとも言えないのですね。

【斉藤】改善を求めて不満の声を上げているかどうか、その声の大きさの違いに過ぎないのかもしれません。ヨーロッパの研究者は日本の女性研究者に対して「何だかおとなしい」ともどかしさを感じているようです。

【花嶋】どのようなシンポジウムだったのですか?

【斉藤】クロマチン・エピジェネティクスの分野に、スーザン・ガッサーという著名な女性研究者がおり、スイスFMIの研究所長を昨年末までされていました。ご縁あって日本女研究者数名と一緒に懇意にしていただいていました。あるとき、日本の女性研究者は海外のシンポジウムで講演することが少ないので機会を作ろう、という話になり、日本で国際シンポジウムを開くことになりました。
 午前中はサイエンティフィックなセッション、お昼にEMBO Journalのチーフエディターを招いたランチョンセミナーを挟んで、午後にはEMBOのラボマネジメントに関するコースを開催。これは、研究を展開するために必要なリーダーシップ、研究の統括、問題解決、若手研究者の育成、危機管理など、講義と小グループに分かれてのディスカッションを行い、独立型研究室の運営を論理的に学ぶというもので、欧米では一般的となりつつありますが、日本ではまだなじみのないものです。通常だと数日間の合宿で行い、参加費用もそれなりにかかりますが、今回はその短縮版ということで破格の参加費で実現できました。スーザンの尽力で、ヨーロッパの所長・教授クラスの人たちが費用負担で参加してくれたからです。

【花嶋】男性の参加も可能だったのですか?

【斉藤】はい。オープンに募ってみたところ、ありがたいことに参加者は100名くらいで、男女半々でした。

【花嶋】面白そうですね。女性PIならではの問題、「どうNOと言うか」についてのプラクティカルなレクチャーがあったら、参考にしたい人は多いかもしれません。どのような内容だったのですか。

【斉藤】彼女たちが選んだテーブルディスカッションのテーマはこんな感じでした。”Combining Family and Career”, ”Interpersonal relationships (unconscious bias) “, ”Mentoring students & postdocs”, ”Problem solving and conflict resolution”, ”Publication strategies”, ”Lab coherence and communication tools”, ”How to survive your stress and enjoy it”
(「家庭とキャリアの両立」「対人関係(無意識のバイアス)」「学生・ポスドクの教育指導」「問題解決」「論文報告の戦略」「研究室内コミュニケーション」「ストレスをどう乗り切り、どう楽しむか」)
 研究者は「PIになったらすべてを会得した人」というわけでは全くなく、例えばラボの立ち上げやマネジメントなどについての情報がなくて路頭に迷う人も多いと思います。

【花嶋】そうですね。私も立ち上げの時が一番大変でした。立ち上げたばかりのラボは、経験豊富な人材を集めるのが難しいかもしれません。

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【斉藤】そう、人の雇用もラボマネジメントのひとつですよね。時には予算を確保できるか確実でない中、腹を括って雇用が先行することもあったり。

【花嶋】私のラボには、若くて何でも吸収してくれる人が来てくれましたが、確かに、PIのそういうことをあらかじめ知る機会は、まだ少ないかもしれませんね。

【斉藤】そういう意味でも、さきほどの国際シンポジウムのような機会が日本にも根付き、多くの人に活用してもらえるよう、第2弾は東大の岡田由紀(教授)さんが主導します。第2弾は分子生物学会の2020年会でサテライトミーティング、関連ワークショップやフォーラムとして開催することを目指しています。

【花嶋】年会といえば、先日、とあるミーティングで塩見美喜子先生(初代キャリアパス委員長・2021年会長)とお会いした時、「年会で、あえて運営側では人為的なことを何もしないでみたらどうなるかしら」というようなことをおっしゃっていました。例えばシンポジウムやワークショップの企画の際、女性研究者のビジビリティ向上のために女性研究者のオーガナイザーやスピーカーの起用を特に呼びかけたりはせず、自然に任せてみる、ということかと思います。

【斉藤】確かに、推さないと進まないというところもあるのでしょうけど、アファーマティブアクションというか、下手に推しすぎるのがいいのかどうか、塩見先生はおそらくそういったこともお考えになられたのではないでしょうか。

【花嶋】最近よくみられる女性限定の求人公募は人員構成比などの問題で仕方がないにしても、「同じ能力と判断される場合、女性を優先して採用します」というのは、少し疑問に思います。悩ましいところですけど、同じ能力なら確率50%とするのがフェアなはずなので。 ある大学の先生から、教員公募の採用で人事担当者が女性だと女性の応募が増える傾向があるという話を聞いたことがあるのですが、女性の名前が前面に出ることもやはり重要なのでしょうか。

【斉藤】重要と思います。でも女性の先生がトップになると女性が増えるというのは、逆にちょっと残念ですね。そうでなくても手を挙げるような、“変わった”女性が増えてほしいですね。

【花嶋】女性研究者の第一世代は本当に稀な存在で、たぶん何事も戦っていかなければならなかった。第二世代が私たちの先輩で、女性研究者のスタンスを作り上げてくださった。現代は、女性の進出をプッシュしようというなかで色々仕事が増えてくる。大変ではあるのですが、近い将来の理想としては、「男女共同参画」ということを意識せずサイエンスに集中できる環境を整えるところまで行けるといいのかなと。

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【斉藤】男性だけでやっていたことに女性を入れてみたら、頭打ちだったものが成功した、ということもあるのではないでしょうか。そうした例を積み重ねて可視化する、事実を蓄積できたらいいなと思います。あとは何より、女性が楽しく元気にやっている姿を地道に示していくのが一番ですね。
 実際、年会のオーガナイザーやスピーカーはものすごく責任があるとか言われるんですけど、やってみると楽しいんですよ。過剰な責任感を取っ払って、「あの人にもできるんだから私にもできる!」くらいに思ってもらえると嬉しいですね。