「本当のPI になるために」開催報告

●日 時:2015年12月2日(水)12:40~13:45

●会 場:神戸国際会議場3階 国際会議室(第15会場)

●参加者:約410名

●講 演:仲野  徹(大阪大学大学院生命機能研究科 研究科長)

 

 研究を志す者はみな、PI(Principal Investigator)という言葉には独特の魅力を感じるものではなかろうか。研究者として生きていく限りは、いつかはPIとしてラボをもって「○○研」など自分の名前を冠したラボを持ちたいと、多くの人が思うのであろう。PIになれば、誰にも命令されず、自分の好きな研究が好きなだけできる、それこそが研究者としての醍醐味ではないか、と。

 ところで、日本におけるこのPIだが、近年大きく変化しつつある。以前の大学・研究機関では「教授」のみがPI であり、准教授(かつては助教授)以下はみな教授の研究をするということが一般的であったが、近年は若手研究者を早い段階から積極的に独立して研究をさせようという動きが進み、テニュアトラック普及・定着事業などの施策によって、独立准教授や独立助教などのjunior PI(PIだが有期(任期付き)雇用で、一定期間で業績評価を受ける)のポストが増加してきた。その一方で、従来からの講座付き准教授・助教ポストも温存されており、これらの多くは今なお無期雇用である。それでは、ハイリスクの任期付き若手独立ポストと、ロー(?)リスクの講座付きポストが併存する中で、若手研究者にとって、そのどちらにメリットがあるのであろうか。テニュアトラック事業などがスタートしてそれなりの年月を経た今、これらの変化が果たして若手研究者のキャリアパスとして有用であったのかどうか、改めて検証してみる必要がある。

 今回のキャリアパス委員会企画セミナーでは、「本当のPIになるために」と題して、これまでに数多くの若手独立ポストの制度設計からその運営に携わってきた、大阪大学大学院生命機能研究科長の仲野徹先生をお招きして講演をお願いするとともに、この制度の功罪について本音で議論することにした。仲野先生からは、自験例に基づいて、junior PI制度の展望や問題点について詳細な解説があり、特に重要な点として、
(1)junior PI制度を設ける限りは十分なサポート(研究費やスペースなど)が必要
(2)研究だけでなく、教育や運営にも携わることで様々な経験を積んでもらう
(3)ある程度の人数のjunior PIで始める必要がある(そうでないと組織内で孤立してしまう)
などの指摘があった。また、「評価」の困難さについての言及もあった。多様化・細分化していく一方の生命科学分野において、junior PIの専門分野とは必ずしも同じでないsenior PI が、その評価を適切にできるのか、という問題とともに、近年は研究成果をhigh impact journal に掲載させるために膨大な量の実験を要求される傾向にあり、3~5年後の審査時にはまだ論文発表ができていないことが多いという問題も懸念される。そもそも、junior PIとしては、high impact journalを狙うべきなのか、ある程度のtime frameでそれなりの雑誌に掲載することを目指すべきなのか、ということも考慮すべき点である。確かに「大物」を狙ったことで5年後に結局論文が出なかった場合はキャリア上あまりにも損失が大きいなどのことからも、自分の研究の「相場観」を理解することが必要である。その他、junior PIが運営する小規模のラボでは、スケールメリットの点で不利であるとの指摘もあった。確かに、実験機器や試薬にしても、少量ずつ準備することは無駄が増えてくるので、ある程度の人数のjunior PIでシェアすることが重要であろうと。

 さて、junior PIとしてこういった研究遂行から種々の運営まで経験して、本当のPIになっていくために何が最も必要か、という点について、仲野先生は「愛される研究者」というキーワードを挙げられた。スーパーバイザーとなる教授達から様々なメンタリングを受けるにしても、同僚のjunior PIや周囲のPIではないが無期雇用の准教授・助教と良好な人間関係を構築していくためにも、結局のところ「愛される」ことが何よりも重要であるとの指摘は、短くも本質を突いたものであると感じた。愛されるためにはどうすればよいのか、という課題は難しいものであるが、これは各自で考えていくべきことであろう。

 ところで仲野先生からは、現状のテニュアトラック制度などは、制度設計としても、そのポストを得るjunior PIにとっても、結局のところなかなか難しい制度ではないか、と指摘がなされた。大学・研究機関の運営費交付金が減らされる一方で、どこの大学もポストも資金も余裕がなく、完全独立したjunior PIに対して十分なサポートを行うのはさらに困難になっていくと予想される。それに比べれば、現在の講座を大講座制にして、その大ボスの下のスタッフとして、研究テーマは独立した形で仕事をするようなポジション、いわば「部屋付き親方」のような形の方が望ましいのではないか。その中で、講座運営や学生指導に加え、様々な「雑用」を学ぶことで、本当にPIへとステップアップしていく方がより効果的で現実的なキャリアパスではないか、という提言とともに講演は終了した。

 この後キャリアパス委員が登壇し、パネルディスカッションが始まった。このパネルディスカッションでは、ケータイゴングを用いてフロアからのアンケート結果や自由意見を取り上げながら進める予定であったが、開始直後はシステム不良でアンケートの集計結果が表示されないトラブルがあった。このため、仲野先生の講演を踏まえて「台本」にない本当に自由な討論を行った。ここでは、仲野先生が最後に提言された「部屋付き親方」の具体性について議論があり、そんな寛大なボス(教授)が本当にいるのか(仲野先生は、ご自身はそうだと仰っていたが)、またそうすることによってボスが得るものは何かあるのか(ラボメンバーの教育にとっても良い効果をもたらすという意見もあった)、こういった「人材育成」もボスの評価項目として考えるべきである、といった議論がなされた。しかしながら、大学教員の定員削減が進む中で、多くの講座でそのようなポストを現実的に抱える余裕がないことや、卓越研究員制度で目指す独立助教が、この問題を解決し得るのかについても疑問がある、等について指摘があった。

 システムが作動してからは、聴衆から集めたアンケート結果を紹介しながら議論が進められた。まず今回の調査では、聴衆全体を「①学生やポスドクなどの非PI」、「②junior PI」、「③教授(full PI)」の3層に分け、それぞれに同様のアンケートを個別にかけることで、各ステージによる意見の相違を焙り出した。結果としては、①非PIの約6割がPIになりたい、さらに③の教授層の8割以上がPIになって「よかった」と答えた一方で、②のjunior PIでも約8割が「よかった」と答えながらも、残る2割近くが「とてもよくなかった」と回答していたことが特徴であった。一定期間に成果を求められてポジションが左右されるテニュアトラックPIには、一定の割合で研究がうまく行かないこともあり、「とてもよくなかった」との回答につながったのではないか、それ自体は自然なリーズナブルな結果ではないか、との意見もあった。その他、PIになりたい、なってよかったと回答した理由としては、「自分の好きな研究ができるから」や「研究者として生きていく限り、PIを目指すべきだから」が多く、その他、「かっこいいから」や「誰にも命令されなくて済むから」などがあった。実際にパネリストからも、自由度をもって研究ができることのメリットを唱える声が多かった。一方でPIになりたくない、なってよくなかったと回答した理由としては「一定期間内に成果を挙げないといけないのがストレスだから」というのが最も多く、パネリストからはストレスを楽しむくらいの余裕がないとPIの仕事は厳しいのではないかとの指摘もなされた。

 さらには、PIになるために必要なものを聞いたところ、非PIからは「研究費」「それまでの十分な研究実績」「人間性」など、すでにPIとなっている側からは「研究費」「人間性」が挙げられ、「それまでの十分な研究実績」がやや少なくなる傾向がみられた。これを元にパネリストで議論した結果、「研究費」が必要なことは当然であるものの、それを得るためにも、また学生を指導し、ラボを運営していくためにも結局は「人間性」が重要であろうということになった。ここでも仲野先生が講演の最後で触れていた「愛される研究者」というのが一つのキーワードとなりそうである。研究も所詮は人間がすること。もちろん素晴らしい研究を行うことは重要ではあるが、やはりその研究を行う研究者の人間性を含めた総合力で評価されていく、ということが議論された。

 本セミナー全体を通して得られた結論としては、junior PIを経て本当のPIとなるためには、研究者個人としては人間性を高める努力を通して「愛される研究者」になることが肝要である、ということ、制度としては現状のテニュアトラックよりは、大講座に属しながら研究テーマとしては独立した形の「部屋付き親方」のようなものがより理想的であろう、ということであろうか。いずれにしても、どのようにしてPIを目指して生きていくべきかについて、決まった正解がある訳ではないにしても、フロアとパネリストが一体となって議論できたことに大きな意義があったと言える。

 なお、私個人としては、仲野先生が本セッションの最後に話された内容に強く興味を惹かれた。それは、PIにとって最も大切なことは「研究テーマを決めること」であり、これは決して容易なことではない、ということ。特に気になったことは、教授になって最初の10年くらいは同じテーマでやっていけても、その次の10年、また次の10年とアクティビティを保つためには、次の新しいテーマを考えていかないといけない、という点である。確かに、教授になるまでは威勢がよかったのに、しばらくすると埋没してしまう研究者というのは少なからず存在する。遺伝子クローニングやノックアウトマウスが簡単にできる今、モノ(分子)を取って「一発当てる」ことは宝くじに当選するようなものかもしれない。それで教授になり、その分子に拘ってファミリー分子のノックアウトマウスを片っ端から作成したり、その分子を標的とした創薬研究の真似事のようなことをしてみても、確かに10年くらいで尽きてくるように思う。しかし、宝くじに2度当たることはない。だからこそ、今の研究がうまく行っているときにこそ、次のテーマを真剣に考えていく必要があるわけで、それができる研究者こそ本当に実力があり、長年に渡って活動を維持できるのであろう。本当のPIになるためには―それは単に教授になることではない。教授になっても研究者として終わってしまう人もたくさんいる。本当のPIになるためには、常に向学心を忘れずに学問を追求し、自然の中にある疑問を虚心坦懐に見つめる姿勢そのものではないか。私自身、まだ本当のPIではなく、それに向けて切磋琢磨していかなければと、自戒を込めて本企画の総括とする。

(文責:座長・石井 優)