「それでいいのか?研究室の選び方」開催報告

●日 時:2019年12月3日(火)11:45~13:00

●会 場:福岡国際会議場2階203

●参加者:約270名

●講 演:花嶋かりな(早稲田大学教育・総合科学学術院)

 

 2019年キャリアパス委員会主催ランチョンセミナーでは、誰もが一度は経験する「研究室選び」がテーマとして取り上げられました。冒頭に司会からイントロダクションとして、8月に実施した事前アンケートの結果が紹介され、続いてキャリアパス委員のパネリストを交えたケータイゴングによる聴衆参加型のディスカッションが行われました。事前アンケートでは866件と例年に増して多くの回答が寄せられ、会場にも多数の学部学生、大学院生、ポスドク、PI(研究室主宰者)の方々にご参加いただき、リアルタイムでコメントをいただくことで「イマドキの理想の研究室」について皆さんと一緒に考える貴重な機会となりました。本開催報告ではセミナーで取り上げられた「研究室選びで重視すべき点」、「研究室内のコミュニケーション」、「働き方とキャリア形成」を中心に本ランチョンセミナーの内容についてご紹介します。

【研究室選びの判断材料】
 初めての研究室配属やポスドクのスタートなど、研究者人生において研究室選びはつきものですが、研究室選択は就職先を選ぶのと同じくらいキャリア形成において重要な問題です。今どきの学生たちが何を基準に研究室を選んでいるのか、また現在研究室を主宰するPIが自分のキャリアを振り返って何を重視すべきとアドバイスするのかについては知りたいところです。事前アンケートでは「研究室選びの最も大きな決め手」については学生、ポスドク、PIとも「研究内容」が1位を占め、研究室は研究テーマありきという考えで一致していました。一方研究内容の次に重視した・すべき項目として、学生は「研究室の雰囲気」を挙げたのに対し、PI自身は「PIのキャラクター(性格・個性)」と意見が分かれ、これら以外にも「研究室の業績」「研究費」「研究室で使う生物種」「研究機器の充実度」といった研究環境、設備がいずれも研究室の選択指標となることを示す結果となりました。さらに会場の参加者への「研究室選びで何を一番参考にしたか?」という設問に対しては「自らの意思(評判に関わらず、自分が良いと思えばいい)」が最も多く、次いで「研究室やPIの知名度・資金力」という結果となり、このあたりは学会に参加する学生の自主性も伺えました。予想外に「ウェブサイト」は少なく、会場からはホームページは正確な情報が得にくく良いことしか書かれていない、という批判や、海外のホームページのように具体的な情報やPI自身の考えを提示すべき、などPI側から有用な情報を発信することが重要であるという意見が寄せられました。ウェブや第三者の情報よりもPI自身との事前面談をしっかり行うことがミスマッチを少なくするポイントとして挙げられた一方で、あくまでも好きな研究をやりたいという意志が、結果的にやり遂げる環境の獲得にもつながり、条件も照らし合わせた上で最終的に自分で決めるのがよいというアドバイスも寄せられました。

【研究室内コミュニケーション】
 研究室は一週間の大半を過ごす場所になりうるので、充実した研究生活を送るためには実験以外にも研究室メンバーとのコミュニケーションが鍵となってきます。「あなたは今の研究室を選んで満足していますか?」の設問に対し、会場の53%が「満足している」と回答したものの、逆に半数近くが何らかの不満を抱えているという結果になりました。不満があると答えた人のうち52%が「研究は充実しているが、研究室生活には不満がある」と答えており、研究室内の人間関係が日々の研究に影響を与え得るということを示唆しています。さらに「選んだことを後悔している」人が全体の10%にのぼり、合わない研究室に入ってしまった場合は進学の段階で他の大学や研究室を選ぶことも考えた方がよい、という意見もありましたが、「ラボ内のディスコミュニケーションから生じている可能性もある」のでPIに相談したり、PI側からも不満の理由を知る努力をしてほしいというアドバイスがありました。「研究室も生き物のようなもので、あなたが入ったことによって研究室自体が変わる(変わってしまうし、変えることもできる)ことを認識したらよいと思う」というコメントもあり、研究室を流動的なものと捉えれば改善策もみえてくるかもしれません。
 具体的な人間関係では学生、スタッフ、PIそれぞれの立場からコメントが寄せられました。自分のPIの好きな点については「頭が良い、能力が高い」、「Discussionにとことん付き合ってくれる」が上位を占め、不満点については「多忙すぎる」、あるいは少数派ですが「威圧感がある」「頼りにならない」等のシビアなコメントも寄せられました。一方「PIのほうから見た研究室の学生・スタッフ」は不満点の1位が「ギラツキが少ない」、2番目が「研究室に来ても研究をしない」という結果になり、PI世代と今の研究室の学生では意識にギャップがあることもわかります。具体的な学生・スタッフとの交流について、飲み会やラボ旅行などのラボイベントについては学生、スタッフ、PIとも「どちらかというと開催したい」という回答が最も多く、「先生との呑み会楽しい」という声もある一方で「有志に開催してもらい、私は福澤諭吉に代理参加させる」という配慮もあり、また「30歳代以下限定の教員&院生の飲み会がある。もちろんPIにはナイショ…話の内容は推して知るべし」「いわゆる『ブラック研究室』と言われていても、中の人たちが楽しそうに文句を言っているラボは良いラボだと思います。」というコメントから、PIから離れたところでメンバー同士が愚痴を言い合える環境も、ある意味健全な研究室の証と伺えます。研究室のメンバーは一緒にいる時間が長いので仲良くやらなければいけないという心理がはたらきがちですが、サイエンスのよいところは立場に関係なくフラットに議論できるところにあり、多少合わなくてもお互いリスペクトしながらサイエンスを真摯にやっていけば新しい発想や問題解決につなげていける、という助言もいただきました。

【研究室の働き方改革】
 実験系研究はデータを出してなんぼの世界でもあるので、研究室の滞在時間が長くなりがちです。会場では「あなたは土曜日または日曜日(どちらかでも)ほぼ毎週研究室に行っていますか?」という設問に対してはすべての職階で8割近くが「はい」という結果を占めました。
数少ない企業の参加者は「いいえ」だったので、勤務時間に対しての認識が企業と大学とで異なる実体が浮きぼりにされました。一方大学でも「働き方改革」が提唱されてから土日に働くことが厳しくなっている傾向もあり、機関によっては届出を出して承認を得ないと土日に働けないという事例もありました。「夜間は事故の可能性があり、極力避けるべき。時間がないなら朝早く来て始めるほうがいい。研究時間が長いこと、研究室の滞在時間が長いことは、業績とは無関係でむしろ時間効率の悪さをさらけ出している。」という意見の一方で、「正月は休むと言っていましたが、もう2日です。いつから研究室に来るのですか?」というコメントもあり、このあたりは夜間土日祝日の研究についてPI間でも認識の違いがあることがわかりました。実際「夜間土日祝日の研究について」は各カテゴリとも「自主的に行う場合は良いが強制されるべきではない」という回答が一番多かった一方で、「実験内容や状況が差し迫っている場合は、やるべきだと思いますか?」という設問については「やるべき」という意見が多い結果となり、他にも「休日は機器が空いているのでありがたい」、「細胞があるから土日は1時間だけ行く」、「土日は家事・育児があるので休めない」など、それぞれの状況に応じた働き方を遂行している状況も伺えました。また研究以外の業務が多すぎるという議論もありました。「PIを見ていて大変と思いますか?」また「PIになって大変ですか?」という設問ではいずれも「はい」が8割を占め、「研究以外の仕事が多過ぎそうに見えて、研究続けて目指すのこれなのか、と思って悩んでしまうときも…」というコメントや「忙しすぎてメンバーとなかなか話す時間がない」といった多忙による研究室メンバーと接する時間の少なさも問題として取りあげられました。一方で、アカデミアは研究が好きでこの道に進んでいる人がほとんどなので、その研究ができるということ自体が幸せという捉え方もありました。最近はアカデミアの研究に対しても「仕事」という言葉が先行し土日実験することがマイナスに捉えられ、学生にとっても研究室選びのファクターとして「楽な研究室」が重視される傾向もありますが、本来研究とは熱中できる趣味で、だから土日もしたい、という意見もあり、それぞれの価値観をふまえた上で働き方を最適化していく必要があることを考えさせられました。

【研究室の選択とキャリア形成】
 ほとんどの研究者は初めての研究室配属から独立したPIになるまでに、複数の研究室を渡り歩くことになります。実際に研究室の選択はキャリアにどのような影響を与えるのか?についてもディスカッションがなされました。「大学院時代、今の職の期間に研究に求めること」は「知識・技術・ロジックの習得など研究者としての成長」が多かった一方で、「研究室を移る際、研究対象や手技が変わること」については「業績がでるまでに時間がかかるからなるべく避けたい」「ある程度やってきたことは活かしたい」という意見の他に「時間はかかるが多くのことを学びたいので率先して変えたい」という回答も多く、多様な技術や知識を吸収することが研究者のキャリア形成に重要であることがわかります。さらに「次に研究室を移るなら前回とは違う視点で選ぶ」と回答したポスドク・non-PIは、現在の研究室は「研究内容」で選んだが、次の研究室を選ぶ際には「PI になれるかどうか」を指標とするという意見が多く、研究室選択がキャリア形成に重要な問題であることをあらわしていました。会場からは「若い時は自分がいいと思った研究室を渡り歩いた。意図せず、キャリア形成に意義あったことに年とってから驚いている」というコメントも寄せられ、大学院やポスドク時代の経験や人脈が研究室を離れてからの財産となり、将来的にさらなるキャリア形成につながっていることが示唆されました。

おわりに
 今回研究室選択というテーマで開催しましたが、セミナー後の回収アンケートでは「全PIに聞いてほしかった」という意見も多数寄せられた一方で「他の研究室の状況を知ることができてよかった(いつもラボに引きこもっているので)」「同じようなことで困っている人がいろいろいるなと元気がでた」などの意見も多く、普段入り込むことのできない他の研究室の実態を知るだけでも、前向きに研究室生活を送るきっかけになれることが示唆されました。パネルディスカッションを通じて理想の研究室には一つの正解があるわけではなく、PIの考え方や運営によって様々なパターンが存在しうることがわかった一方で、メンバー同士のコミュニケーションが一つのキーワードになったと思います。本ランチョンセミナーがみなさんのこれからの研究室選び、また充実した研究室生活を送るための一助となりましたら、キャリアパス委員一同として嬉しく思います。

(文責:座長・花嶋かりな)