【若い頃・大学院の頃にやっておくべきことは?】

●日 時:2021年12月1日(水)11:30~12:45

●会 場:ハイブリッド開催(パシフィコ横浜 会議センター3階301 + オンライン)

●参加者数:353名(現地170名:オンライン183名)

 

 2021年キャリアパス委員会主催ランチタイムセミナーでは、将来自立した研究者になるためには若い頃に何をやっておくべきか?を議論した。セミナーに先立ち8月に事前アンケートを行い、キャリアの各段階において将来に対してどのような目標や意識を持っているか、目標達成に向けて何が必要と考えているかを調査し、計587名の方々から回答をいただいた。この結果をベースに、学生や若手研究者のスキルアップにつながる情報を共有、議論するとともに、様々な立場の参加者が相互理解を深めることを目指した。
 

【コロナ禍でのランチタイムセミナー】
 分子生物学会としてはコロナ禍で初のオンサイトランチタイムセミナーということもあり、密を避けるために現地参加者の人数は通常の半数に絞り、参加者を募った。ありがたいことに予想を大きく超える応募を頂き、最終的にオンライン参加者と合わせて総勢353名の方にご参加いただいた。特筆すべきことに、ここ数年はシニアの参加者の比率が高い傾向があったが、今回は学生が参加者の約6割を占めた。加えて、参加者の75%がセミナーの企画内容に興味を持って積極的に参加したというアンケート結果も得られた。これらのことから、将来に向けて能動的に考えている学生が多く、彼らを非常に頼もしく感じるとともに、コロナ禍で学生さんたちが先輩やシニア研究者と話をする機会に飢えているのかもしれないとも想像した。

【成功に必要な能力の多くは学生の頃から伸ばせる】
 まず、セミナー冒頭で事前アンケート結果を紹介し、続いて7名のキャリアパス委員にパネリストとしてご登壇いただき、討論を行った。また、Slidoシステムを導入し、参加者から事前アンケート結果をベースに作成した当日アンケートを取るとともに自由コメントを募った。当日の議論の一部を以下にご紹介する。
 事前アンケートから、「既成概念にとらわれない発想力」「協調性・積極性・社交性」について、シニアは学生の頃から成長できる能力と認識している一方で、若手はそう思っていない、という結果が得られた。そこでまず、「既成概念にとらわれない発想力はいつごろから伸ばせるか」という当日アンケートを実施した。その結果、参加者の7割以上が「学生のうちから伸ばせる」と考えていることがわかったが、一方で21%の人が「生まれ持った資質が大きい」と考えており、特に学部生の25%がそう考えていることが示された。これを受け、倉永委員、菱田委員、井関委員、平谷委員らから、研究以外の人生経験や、好奇心、予測外の実験結果と真剣に向き合うことなどが柔軟な発想力につながる、といった若手へ向けたsuggestionをいただいた。また、参加者からは「柔軟な発想には、的外れにならないための背景知識が必要か」というコメントがあったが、委員からは、無知さが大胆で新しい発想を生むことも時にはあるが、背景知識がしっかりしなければそれが新たな発想であるかもわからないので、やはり知識を身につけることも重要、という議論がなされた。
 続いて、「協調性・積極性・社交性」はいつごろから伸ばせるか、を討論した。当日アンケートでは、参加者全体の22%、博士課程学生ではなんと40%が「生まれ持った資質が大きい」と考えていることが示された。博士課程はこれらの能力の成長の壁にぶち当たる時期、ということかもしれない。これを受け、斉藤委員長、井関委員、鐘巻委員らからこれらの能力についてどう向き合うかについてコメントをいただいた。具体的には「自分のデータや発見を他の人に話したいという気持ちが生まれてきた時に、最初は恥ずかしいけど思い切って話しかけてみる過程でコミュニケーション能力、協調性が後からついてくる」という意見が出た。また、平谷委員からは「子育ての過程で仲良くなった一般の人と会話することでトーク能力が向上した」という研究外で能力を伸ばす方法も紹介され、多田委員からは「PIであってもコミュニケーションが得意ではない人も多く、小規模ラボのPIであれば協力者に理解を求める程度の能力で十分」といった現実的で目標を立てやすいコメントもいただいた。

【運は引き寄せることができる】
 続いて、事前アンケートでも多くの人が注目した「研究における運」について討論した。多くのパネリストから、運は自然と降ってくるものを待つのではなく、探しにいくものである、という意見が出た。具体的には、井関委員からは「良い指導者との出会いは運とも言えるが、それを自分で見つけに行くことが大事」、平谷委員からは「研究室選びも運の部分もあるかもしれないが、パートナー選びと似た部分があり、慎重に考えて選ぶべき」というコメントがあった。菱田委員からは研究室選びの考え方に関連して「研究成果の大小で運が悪いと思う人もいるかもしれないが、若いうちにしっかり論理的に考えて結果を出す過程を学ぶことが重要になので、そこのところは運と気にせず頑張ってほしい」というコメントを頂いた。
 人との出会いに関連して、続いて「ロールモデル(研究者としての生き方の参考になる人物)の存在」の必要性を討論した。パネリストからは「普遍的なロールモデルは存在せず、その人それぞれにフィットするロールモデルが存在する」「完璧な人間は存在しないので、良いところだけを真似するのが良い」「ロールモデルとなるような素晴らしいメンターから指導を受けられることは良いことだが、それ以外の人の経験を知ることも大事」といった意見が出た。参加者からは「ロールモデルは不要」「真似事はしない」といった尖ったコメントもあったが、これはおそらく完璧なロールモデルは存在しないという考えに基づいたものであろう。やはり、若い頃から多くの研究者や仲間と話をし、それぞれの優れた点をうまく取り入れていくことは、研究者として(あるいは人として)の成長に必ず生きるはずだ。

【ハイインパクトジャーナルの理想と現実】
 続いて、「研究者としての成功にハイインパクトジャーナル論文は必要か」を討論した。パネリスト、参加者の双方から「独創的な研究を行うことが最も大事ではあるが、職を得るためや研究成果を広く発信するためにはハイインパクトジャーナル論文は重要」という意見が多数出た。サイエンスの発展や研究者の評価において「独創性」は最も大きく評価されるべきだが、分野が細分化する中で異分野の研究を正しく評価するのが徐々に困難になってきているのも事実であり、結果として研究者の評価をハイインパクトジャーナルという形で表現せざるを得ない部分がある。一方で、ハイインパクト論文を発表した研究者の全てが優れているのではなく、それのみで研究者を評価するのは難しい、という意見も出た。
 また、研究者評価や発信力以外のハイインパクトジャーナル論文の価値も議論された。例えば、倉永委員らより「厳しいピアレビューを受けるので、その段階で学生やポスドクが成長し、論文としてもより良いものになること」が挙げられた。また、「ハイインパクトジャーナルを目指すのをやめたら研究の面白さが半減する」というシニアPIからの自由記述もあった。PIがより高みを目指すモチベーションを保つための重要な要素でもあるのだろう。

【PIになれなかったとしても研究者としてやっていける?】
 現在のアカデミアにおいてはPIを目指すことが推奨される傾向があるが、PIの数は限定されており、すべての研究者がPIになれるわけではない。では、non-PIであっても充実した研究生活を送るためにはどうしたらいいのだろうか?そこで、non-PIでも重宝される人材について討論した。斉藤委員長や鐘巻委員からは「独自の専門技術があることも重要だが、むしろそれをアップデートする意欲があることが重要」という意見が出た。また、複数の委員から「上司の指示を確実に遂行できる協調性」と「時にはロジックに基づいて間違っていることを指摘できる柔軟さ」を併せ持っていてほしい、という意見が出た。加えて、世代や職階の異なる研究者や学生と能動的にコミュニケーションを取れることの重要性についても言及された。つまり、新たなアイデアを取り入れる力や、ロジック、協調性、コミュニケーション能力は、PIにならなくても研究者としてやっていくために必須の能力であり、これらを学生のうちから少しずつ身につける努力をする価値は大いにあるだろう。
 また、自由記述では「PIじゃないと自分のやりたいことができないのでは?」というコメントもあったが、そう思う方はぜひPIを積極的に目指していただきたい。誤解なく表現することは難しいが、PIを目指す(独自の研究を志す)若者が増えることで自然とオリジナルのサイエンスが生まれる機会も増え、生命科学は間違いなく活性化する。一方で、PIを目指したもののPIになれなかった有能な人材が “non-PIとして活躍するための十分な受け皿”が必要であり、それを準備するための議論を我々シニア側が今後進めていく必要もある。
 また、多田委員が言及したように、PIにも小規模ラボのPIから大ボスまで大小あるというのは大事な視点だ。ついつい大ボスPIをイメージしてしまって「PIはやるのも目指すのも大変そう」と思ってしまいがちだが、まずは自分のスタイルや家族との時間を考慮しながら小規模ラボPIから目指してみる、というのは一つの良い選択肢かもしれない。

おわりに
 今回のセミナーでは、若い皆さんが将来研究者を目指す上で培うべき能力やそれを培うための成長戦略を多様な立場から議論することができた(ご参加いただいた皆様、またアンケートにご回答いただいた皆様には、大変感謝しております!)。しかし一方で、複数のパネリストが言及したように、今回議論した成長戦略は、若い皆さんが「これから成長したい、研究者として成功したい」という未来志向の気持ち、強いモチベーションが根底にあって初めて活きるものであり、ぜひ若い皆さんにはそうした気持ちを抱き続けていただきたい。また同時に、若手の成長とモチベーションを支えるためには、我々シニア側のより一層の頑張りが必要である。今回のセミナーを通じて集まった情報は彼らの考えとシニアの“意識のずれ”を知るための良い材料となると期待しており、これが若手の成長の材料やシニア側からの若手サポートに活用していただければキャリアパス委員会としては大変幸いである。また私自身も、今回の経験を活かして若手の皆さんがより前向きに楽しく研究し発展できるよう、サポート体制を構築する努力を今後していきたいと決意を新たにした。

(文責:座長・石谷 太)