【アカデミアからの起業】

●日 時:2022年11月30日(水)12:15~13:30

●会 場:幕張メッセ 国際展示場 第16会場・オンライン

●参加者数:152名

 

 生命科学研究を取り巻く環境は常に変化している。かつて、アカデミアの研究者は基礎研究をしていれば十分とみなされていた。しかしながら、近年のファンディングは基礎研究成果を産業につなげることを狙ったものも多い。「10兆円大学ファンド」の設立は最もわかりやすい例だろう。保守的な研究者は昔を懐かしがり、国の施策に疑問を感じる人もいる。一方で、海外を見るとかなり状況が違うようだ。基礎研究でバリバリ鳴らしている研究者がスタートアップに関与していたり、逆にスタートアップ会社からアカデミアに戻って研究を続けている研究者もいる。mRNAワクチン開発者のカリコー・カタリン博士のキャリアなどは、大変興味深いケースではないだろうか。嘆くよりも、この状況を前向きに捉えて、将来学生やポスドクが活躍できる環境をもっと模索していくことが求められているのではないか、そんな思いを感じながらキャリアパス委員会においてテーマを議論した。

 そこで、2022年ランチタイムセミナーのテーマを「アカデミアからの起業」と定め、現在の状況と参加者の意識を調査、議論することにした。しかしながら、残念なことにキャリアパス委員自身に、「アカデミアからの起業」に対する知識やノウハウがほとんどない。そこで4名のゲストを招聘し、前半において彼らのキャリアや仕事内容を講演して頂いた上で、後半にオンラインアンケートを行いながら議論する形式を採用した。ゲストの選定にあたっては多面的意見を期待して、起業を資金面から支えるベンチャーキャピタルの方(ファストトラックイニシアティブ・安西智宏先生)、アカデミア研究者の特許出願や企業との橋渡しをサポートする大学技術移転の方(東京大学TLO・本田圭子先生)、実際に大学から起業した研究者(Rhelixa・仲木竜先生、GAIA BioMedicine・米満吉和先生)に講演を依頼した。
 

 11月30日、幕張メッセ国際展示場第16会場において、152名(現地参加135名、オンライン参加17名)の参加者のもと、ランチタイムセミナーを開催した。

 まず、ベンチャーキャピタリストの安西智宏先生から「ベンチャーキャピタリストから見る「起業」という選択肢」というタイトルでご講演いただいた。安西先生が定義するスタートアップとは、「革新的な技術で短期間における急成長を期待する企業」のことである。現在、スタートアップへの投資は年々伸びており、年間8千億円を超える資金がつぎ込まれているとのことである。しかしながら、安西先生によると、起業はサイエンス以外の要素も必要、かつ多数の人生を巻き込む責任があるために、誰にでもお勧めの選択肢ではないという。起業に向いているのは多少のリスクはとっても目標に向けて今すぐ行動でき、社会や世界を変えたいという情熱を持った「アントレプレナー」と呼ばれる方々だという。そして、ネットワーク形成が大切と強調された。アフリカの諺「If you want to go fast, go alone. If you want to go far, go together」が示すように、仲間づくりが上手な人が向いている。未来の社会を変えたいという使命感を持った方には、是非スタートアップの世界に飛び込んで来てほしいというコメントで締め括られた。

 次に、本田圭子先生から「アカデミアからの起業―大学技術移転機関の立場から―」というタイトルで講演が続いた。まず、博士課程後に特許事務所に就職し、その後弁理士資格を取得して、東大TLOに就職したという経歴を紹介された。東大では年間550件前後の発明届があり、東大TLOのメンバー16名で特許申請をサポートし、出願した特許の企業への売り込み、研究者の起業支援をおこなっているとのことである。企業に対して、年間100件程度のライセンス許諾に結びついており、その半分以上がスタートアップに対するライセンス許諾だそうだ。そして、それらスタートアップの中では、ライフサイエンス分野が圧倒的に多いとのことである。続いて、スタートアップ起業に結びついた二つのケースを紹介された。いずれのケースも、東大TLOとの長期にわたる綿密なコミュニケーションの中から起業に到達したことから、起業に興味のある方は大学の産学連携部門に相談されることを勧められた。

 続いて、仲木竜先生から「株式会社Rhelixaの成り立ちより見るアカデミアからの起業」というタイトルでご講演いただいた。仲木先生は革新的技術や特許をもとにしたスタートアップとは視点が異なり、「若い人たちがいかに研究で収入を得て生活できるようにするか」にフォーカスしていた。仲木先生が、次世代シーケンサーのデータ解析を事業とするRhelixaを起業したのは、データ取得はどんどん進むが解析できる人材の不足が予想されていたためだという。そして、研究で生活できる人たちを増やすということを狙い、博士課程3年生の時に起業に至ったという。現在Rhelixaには博士号取得者が15名おり、オミクス解析のトータルコンサルティングにより、全員研究をしながら収入を得て生活できるとのことである。クライアントに対して、受託解析以外に様々な研究提案もしており、共著論文も毎年4−5報出るという。研究者という肩書きが大切なのか、それとも研究でご飯を食べることが大切なのか、若い方々にキャリアをもう一度考えてほしいというメッセージで締め括られた。

 最後に、米満吉和先生から「起業:研究者が味わえる、なかなかスリリングなキャリアパス」というタイトルでご講演いただいた。米満先生はGAIA BioMedicineと九州大学大学院薬学院・教授として、二足の草鞋を履いている。まず過去にご自身がスタートアップに関与した際、会社を外部経営者に任せた二つのケースにおける経験談を話された。いずれのケースも最終的に経営難に陥り、他社に吸収もしくは倒産に至ったという。これらの経験から、外部経営者は「成果を世に出す」ことよりも「会社の生存」が目的となり、難しい状況に陥りやすいことを学んだとのこと。そこで、自分で実用化に邁進したいという心意気で、自身が経営者としてGAIA BioMedicineを創業したという。現在は三つの治験を進めながら、複数の銀行やベンチャーキャピタルから順調に資金を受けている。米満先生によれば、PIと起業は両立可能で、そのためには夢を共有できる仲間が1−2名必要だとのこと。そして起業に際しては、10年後にも競争力のある技術と大型研究費を通せるぐらいの能力が必要と強調された。
 

 前半の4講演に続いて、後半はオンラインアンケートとパネリスト討論に移った。パネリストとして4名の講演者に加えて、キャリアパス委員会から斉藤典子委員長(がん研究所)、鈴木淳史委員(九州大学)、林克彦委員(大阪大学)、平谷伊智朗委員(理研)が参加した。

 まず、参加者属性をアンケートで調べたところ、アカデミアPIが36.6%と一番多く、アカデミア非PIが19.5%、大学院生(修士)が18.3%であった。一方で、大学院生(博士)が8.5%、アカデミアポスドクが2.4%と低い数値であった。企画時には、博士課程学生やポスドクにも是非参加してほしいと考えていたが、彼らには起業はあまり興味を持たれていないようである。「アカデミアからの起業に興味があるか?」という設問に関しては、「大いにある」と「どちらかと言えばある」が73.2%であったことから、予想通り参加者の多くが起業に興味を持っていることが分かった。

 参加者からの投稿で「大学4年生です。将来自分のシーズで起業することが夢です。これから博士取得までの間に自分のシーズを構築しようと思うのですが、多くの研究開発型スタートアップは、その時点でもうすでに売れそうな応用研究をされているところから出てくると思います。テーマ選定に際してやっぱり、応用研究に進むべきなのでしょうか。」というものがあった。これに対して、斉藤委員長より「私は細胞核とかクロマチンの研究分野にいるのですが、海外の第一線にいる先生方は(応用研究に特化していなくても)実は多くが起業されている。そういうトレンドがあることを感じていたので、応用研究に特化しないような、起業の流れが今後来るのではないかと期待する。」というコメントがあった。

 次に「ずばり、アカデミアから起業できるなら、PIになるより起業を選びますか?」という設問に関しては、「両立させたい」が56.9%で一番多く、「PIになりたい」が29.4%、「起業したい」が13.7%であった。鈴木委員より「今回、PIの方々も多く参加されているようなので、両立させたいというのは恐らくそういう背景もあるのかと思う。起業する、もしくはPIになる、その両方を目指す方が非常にやりやすいような社会になったらいい。自分の夢を実現させるために、どうサポートするかが求められるのではないか。」というコメントがあった。米満先生から「特にバイオ系の起業は、やれるならやった方が良い。利益相反についてはかなりマチュアになってきているので、うまくスタートアップと大学のラボが、大学の知財部門と協力をしながら相乗的に育っていくような仕組みというものはつくれる。ぜひ両立させていただきたい。」という力強いコメントをいただいた。さらに起業に重要な人間関係構築には「どうしても科学者は同じ分野の人たちと仲良くなりがち。例えば高校のときの同級生とか大学のときのクラブの仲間とか、そういう人たちと定期的にコミュニケーションを取っておくほうが良い。」というコメントをいただいた。

 次の設問として、「アカデミアから起業した会社への就職に興味はありますか?」に対して、「大いにある」と「どちらかと言えばある」が60.9%に達し、「どちらかと言えばない」と「全くない」の39.1%を大いに上回った。本田先生から、「この結果を拝見して安心した。国としても後押ししようということがあるので、そこに人が集まらないと旗振りだけで終わってしまう。この回答結果はポジティブである。志を一つにできるのであれば、スタートアップでの研究開発というのはアカデミアの方にとってはなじみやすいのではないか。」とコメントをいただいた。平谷委員からは「生命科学に関わった人たちが活躍できる場が広がっていくというのが、非常にいいことではないか。アカデミアから起業するというのは1つのパスだと思うが、やはりアントレプレナーシップとか言われると、スーパースター的な人間でないとなれない。そう思ったときに、そうではないけどもやりがいを持って仕事をしたい人に(スタートアップヘの就職という)パスが用意されていて貢献できる。そういうパスがあるのは非常にポジティブではないか。」というコメントがあった。講演中に仲木先生、米満先生ともに働く仲間を探しているとの発言があり、実際にアカデミアから起業した会社への就職先は、すでに多数存在するようである。

 「アカデミアから起業、もしくはそのような会社に就職することに対して、どのようなことを感じますか?」という設問に対する選択肢「エキサイティングで楽しそう」「研究成果の社会実装に貢献できそう」「アカデミアで培った専門技術を活かせそう」「うまくいけば収入を大きく増やせそう」「アカデミアではできない経験ができそう」「サイエンスに関わり続けられるので充実感がありそう」「資金調達などスタートアップ会社は不安定で怖い」「キャリア形成の選択としてはリスクが大きい」のどれにも満遍なく35%以上の方が投票された。その中でも、「アカデミアで培った専門技術を活かせそう」が65.7%と他の回答よりも10−20ポイント高いことから、参加者の前向きな姿勢が伺える。この結果に、安西先生より「ポジティブな反応もすごく多くてよかった。大企業がアメフトだとすると、スタートアップというのはフットサルみたいな感じ。フォワードだと思っていたら、いきなりキーパーをやったりする。そうすると個人としての学びというのはすごく大きくて、学ぶことも多い。研究室の感じとも結構似た部分もあるので、ぜひ飛び込んでほしい。」というコメントがあった。さらに、「海外は研究者と産業界というのはリボルビングドアみたいに、行ったり来たりが結構ある。アカデミックキャリアを積みながら産業界に出て、またそこに戻れるような枠組みがどんどん出てくると、人材の交流とか、スキルを得ながらキャリアパスを開拓していくことにつながっていくのかなと感じる。」という海外の状況を踏まえた今後の希望を述べられた。さらに、仲木先生より、「大きなビジョンを持って会社を立ち上げる必要はない。アカデミアで細かい部分でいくらでも活用できるものはある。例えば、図版をめちゃくちゃ作るのがうまい、細胞の絵がきれいに描ける、それだけでも引っ張りだこ。アカデミアの起業というのもいろいろなレベル感があって、軽い起業も含めて、これからのアカデミアの方々はやったほうがいいのではないか。」というコメントがあった。

 次の「アカデミアと産業の距離は以前と比べて近くなっていると感じますか?」と言う設問に対しては、「なっている」と「どちらかと言えばなっている」が77%と、高い割合を示した。この回答に対し、林委員より「昔に比べると起業する例数が増えており、情報も増えてきているので、学生さんも親近感を感じられる。実際にいろいろなお話を聞くと、その垣根はどんどん低くなっていて、例えば起業しても研究できるとか、アカデミアに戻れる可能性もある。」というコメントがあった。さらに、本田先生より、「近くなっているという回答でよかった。まさに私たちは、そこの距離をいかに縮めるかということを日々努力しているので、皆さんにもそういう感覚として共有できているのはうれしい。産学連携は国の政策としても推進しているので、もっと近づけばよい。」というコメントがあった。

 最後の設問として「今までのお話を聞いて起業への道筋をどう思いますか?」に対して、「実際の例などを聞いて自分もできるのではないかと希望を持った」が16.7%、「人脈やノウハウが必要だったりで難しいという印象を持った」が24.1%、「日本はシステムが非効率そうなので難しいと思う」が5.6%、「純粋な基礎研究とは違う世界だと思った」が11.1%、「起業は難しそうだが、TLOやVCなどの関連職に興味がでた」が14.8%、「もっと少し詳しく知った上で判断したい」が25.9%になった。この結果に対して、安西先生より「やっぱり準備が必要だというふうにお感じになった方も多いかとおもう。あえて逆説的に飛び込んでから考えるというやり方もある。越境する勇気を持ってみて、入ってからも考える。セクターを越えるような勇気を持っていろいろチャレンジをしていく。長い人生を考えた上ではそういうチャレンジする精神はすごく大事ではないか。」というコメントがあった。さらに平谷委員から「勇気を持って越境するというのは何も遠い話ではなくて、普段からできる。ラボの周りの人に自分の結果を話して議論をするとか、共同研究の依頼などで勇気を持って誰かに話しかけてみるとか、そういった普段の行動とつながっている。普段からちょっとずつチャレンジしていくという姿勢を持つと、最終的に越境することにつながっていくのではないか。」というコメントがあった。最後に斉藤委員長より、「『自分の技術が社会に活きるっていう謎の確信はある』というコメントがあり、私はこれにすごく感動した。ちょっとわからないけども何か感じる確信というのが一番重要かもしれない。新しいことに挑戦するということは、基礎研究者に重要なことなので共通しているように思う。起業を考えるチャンスがあったということは、本当に意義があったのではないかと思う。」ということばで締め括られた。
 

 この文章をまとめていて、博士課程や研究生活を通して得た経験を活かし、多くの方々が活躍できるキャリアパスが、起業を取り巻く環境に多数あることを再認識した。自ら起業してリスクを負って前に進むだけでなく、すでに起業した会社への就職、大学の技術移転で研究者と企業の仲介、ベンチャーキャピタルとしてスタートアップの芽を見定めながら投資を行う役割など様々な進路がすでに存在している。すでに独立したPIが、野心的に起業を目指すことは今後も続くだろう。一方で、広い視点を持てば学生や若い研究者が、多くのやりがいのあるキャリアを見つけることができるというのは、彼らの将来を考える上でとても明るい材料ではないかと感じた。

(文責:座長・鐘巻将人)