キャリアパス対談
第2回:東山哲也×五島剛太

委 員:東山哲也(名大・ITbM/理/ERATO)、五島剛太(名大・理)
日 時:2013年9月6日(金)16:00~18:30
場 所:名古屋大学理学部内カフェテリア “Craig's Cafe”

【東山】第2回のキャリアパス対談は、同じ名古屋大学の五島先生とペアを組むことになりましたので、本学の重要な事業に位置付けられている男女共同参画に関連するところからまずは考えてみたいと思います。
 五島先生、今日はよろしくお願いします、というより、理学部の伝統に則って、「先生」はやめましょう。五島さん、よろしくお願いします。

【五島】東山さん、こちらこそお願いします。東山さんから五島先生と言われると、なにか面倒な雑用を丸投げされる前兆と警戒してしまいます(笑)。
 男女共同参画の推進に早くから取り組んできた名大ですが、最近のユニークな試みも功を奏して、大学全体が活性化されてきているように思えますね。

Tetsuya Higashiyama

【東山】はい、たとえば子育てタクシーによる送迎サービスのついた学内学童保育施設の常設や、育児支援室といって構成員やお客さんが乳幼児を連れてきた時にいつでも利用できるスペースを設けたりしています。こうした取り組みなどを通じて、男女共同参画に対する積極的な姿勢をアピールすることで、優秀な女性PIを戦略的に獲得することにも努めています。
 最近では、女性トップリーダーの育成を目指して、今後のライフイベントを乗り越えながらPIを目指す女子学生が、現役の女性PIや女性教員と寝食をともにする「女子合宿」なる試みも行われています。教員側の人数のほうが多いのがポイントです。いくら優秀な学生とはいえ、出産や子育てなどに立ち向かうのは容易ではありませんから、ひとり立ちするための覚悟を決めてもらうという言い方のほうが適切かもしれませんね(笑)。

【五島】はい(笑)、その覚悟を後押しする意味でも、お子さんが生まれたときなどのフォローというか、縛り付けをしないことも必要な配慮だと思います。またそれは、男女に関わらず現役のPIに対しても同じことが言えます。
 例えば、名大生命理学専攻の大学院入試は8月末に実施されますが、これまでお盆休みの間も試験問題作成などの準備にあたってきました。しかし今年は試験を完全マークシート方式へ移行したのをきっかけに、試験問題も少数メンバーだけでより早い時期に選定するようにしたので、子供の夏休み期間中に日が暮れてから開かれる会合はほとんどなくなりました。

【東山】五島さんが先頭に立った入試改革によって、大学院入試のクオリティ自体を下げることなくハードな業務が効率化できたので、私も今年は夏休みが取れました。もちろん研究のための時間ですが(笑)。
 社会的にもワークライフバランスの問題がよく取り上げられるようになりました。試験問題の作成にかぎらず、長い時間をかけることが業界の美徳とされてきた節もありますが、この制度が運用されたことで8月にリフレッシュできた教職員は少なくないようです。限られた時間を、できるだけ創造的な活動に向けたいですね。

Gohta Goshima

【五島】実際に女子学生や女性教員が増えているのも、やはり様々な取り組みが評価されてのことでしょうし、こういった幾つかの取り組みが長期的なプランによい循環を生み出せたらいいですね。
 制度の改善という面では、東山さんを前には非常に言いにくいのですが、JSTからERATOに関する意見を求められた際、私は「ERATOをなくせ!」と言ってしまったことがあります(笑)。個人的な恨みがある訳ではありません(笑)。ERATOは期間限定の巨大プロジェクトのシンボルですよね。最後の年にバッサリなんてことも耳にしたことがありましたし、そこで雇われている人たちのキャリアパスをどう考えているのかと思わず食ってかかってしまいました。

【東山】一瞬ドキッとしました(笑)。そういう点では、ERATOに限らず、プロジェクトで雇用されている人がエフォート管理で他の業務にも携わることが可能になるなど、研究費の制度も改善されてきています。それに、突き詰めればラボの運営は学生やスタッフとの人間関係ですから、彼らのPIとして何とかしてあげたいという気持ちを常に持っています。
 私自身が学生のときに好きなことをやらせてもらえたので、ラボメンバーにもそういう環境で研究に打ち込んで欲しいと思っています。誰もやっていない研究テーマや方法論に取り組むのは、本当に楽しいものです。その人なりの個性がうまく噛み合って研究が進むと、すべてがポジティブに動き始めます。オリジナリティを大切にするのはハードルが高く、決して簡単なことではないのですが、私のラボメンバーは高い志で取り組んでくれています。

【五島】「人」が見える研究ということですね。昨年の若手教育シンポジウムでも議論されましたが、キャリアパスには様々な場面でコミュニケーションがものすごく大切ですね。理学部にまったり9年間みたいな時代でなくなったとはいえ、学生からすれば、同じラボにいる先輩学生やポスドクからの影響は大きい。どのラボに加わるか考えるときは、良い先輩がいるラボを選びたいですよね。ほかのラボの人たちからの評判も大変参考になるでしょうね。
 研究テーマにしても、誰かが先にやってしまうのではという恐怖は誰しもが抱くものだと思いますが、PIしかりラボ内でのコミュニケーションで大部分を補ってあげなければいけない。他人のスタイルに憧れる気持ちはわかるけれど、得てしてうまくいかないものです。
 一方、実験に関して一番手が動くのはポスドクの時期だと思いますが、研究費の獲得など要所ではPIがサポートしてくれるし、自分がポスドクのときはパラダイスにいるような気分でした(笑)。同じように相当自由にやらせてもらっているポスドクは多いはずなので、名大理学部がポスドククラスを対象にした独立職の公募をかける際に研究の独自性を重んじているのは理にかなっています。業績リストだけでは見えにくいですが、セミナーをしてもらえばだいたいわかりますね。

Tetsuya Higashiyama

【東山】多くのポスドクは独立する準備段階にあります。自分で考えてやらなければいけない時期だからこそ、できるだけオリジナリティのあるテーマを見付けられるようPIが支えてあげることも大切です。
 普段のラボでの生活だけでなく、ソフトボール大会やラボ旅行などで一緒に過ごしていると、それぞれの学生やポスドクのキャラクターが見えてきます。とても意外なものだったり(笑)。そのうえで個性を尊重し、自立するために自分で論文を書くことの重要性を伝えるようにしています。

【五島】おっしゃるとおりと思います。自分が筆頭著者になって論文を書くのはすごいことですから、雑誌の名前にはこだわらず筆頭著者で論文を書いてみるように強く言います。源氏物語の現代語訳をどこの出版社が出したかなんて興味ないですよね。誰が何を書いたか。私も2011年に単著論文を出しましたが、PIだって実験はできますし、それこそが一生の宝物になるんですから。

【東山】そうですね。論文を書き上げれば一番の自信になりますし、キャリアとしても次につながっていくわけです。そういうところで迷う場面は少なくありませんから、方向性を示すのもPIとして重要な教育のひとつでしょう。
 その代わり、若手のほうは、自分ならではの仕事をできるだけ早いうちにする。五島さんも仰っていましたが、リミットを決めて臨むことも重要ですよね。私のラボでは、学生にもポスドクにも言い訳できないほどの環境を準備するように心がけています。そこでチャレンジする、フルスイングするんです。社会へ送り出すにしても、博士号取得者のほうが創造力はずっと高いですから、アカデミアにかぎらずベンチャーなど多様なフィールドに打って出る自信を持って欲しいです。

【五島】博士号取得者は論理的でコミュニケーション力もあるはずですからね。東山さんのラボに所属している方々が、東山さんとはまったく違った研究や異分野で脚光を浴びるようになれば嬉しいということですよね。

【東山】はい、フルスイングがあってこそ、そのように成長してくれるものと思います。もちろん、若手であっても土日もずっとラボに缶詰なんて状態はよくありませんが、生物相手ということは忘れてはいけません。それに時間が自由になる若いうちにしっかり働いてこそ、どのようにメリハリをつければいいかを考えられるようになり、理想的なワークライフバランスを実現できるそうです。私自身も今では理想を目指して、公のラボセミナーは土曜日を外すようにしています(笑)。ラボメンバーには、それぞれの立場で有意義に時間を使って欲しいと思っています。

Gohta Goshima

【五島】教員自身の原点回帰も掲げた方がいいように思います。研究と教育だと。それ以外の仕事も大事ではあるのですが、本学の学部学生と大学院生の教育が最重要ですから、やはりバランスが大切です。学生の教育をおろそかにして「10倍返し!」にあっても文句は言えませんからね(笑)。

【東山】五島さん、本日はありがとうございました。

【五島】こちらこそありがとうございました。

【東山】ちょっとこのあと五島「先生」にご相談したいことがあるのですが、私のオフィスに来てくださいませんか。

【五島】(苦笑)