会員のみなさまへの第11期会長からの手紙

分子生物学会は1979年4月1日に発足しました。それから20年がたち、現在約1万人(99年3月10日現在個人会員9982名他に賛助会員42社)の会員数に達しました。瞬間的には1万人を越えたこともあるそうです。分子生物学の発展という観点から見て会員数の増加は、大変喜ぶべき出来事であると思いますが、一方で学会自体の運営にはいくつかの問題が生じてきているように感じられます。第11期の会長になるにあたって、そのあたりの事情をできるだけ「ざっくばらん」に説明して、会員のみなさまのご意見をぜひうかがいたく、この手紙を書いてる次第です。

運営組織について

 第一の問題は、学会の運営に関わる人数が少なすぎるのではないか、という点です。年会の運営を別として、学会運営は現在わずか20人程度の評議員と数人の幹事によって行われてるのです。初期の数百人程度の会員数には適切な運営規模だとは思いますが、1万人という会員の多様な願いや希望をかなえるうえで役立つためには、もっと運営組織を広く、力強いものにする必要はないでしょうか。

 4月はじめに開かれた前期と今期の合同評議員会で、この点は話題になりました。学会の会員のなかで現に研究チームを率いているかたがたには、たとえば「協議員」などという資格を持っていただき、学会の活動により積極的に参加してもらえないだろうか、という意見も出ました。科研費の審査員の選出などもたいせつですが、学会の社会との接触はこれからもますます増大すると考えられ、いろいろな役割を担っていただける多様な人材が必要なことは明らかです。研究のみならず教育や色々な問題で、社会に対する提言を行っていくことはわれわれが研究費を今後も使って研究活動を続けるうえで非常に大切だと思います。しかし、いっぽうで学会の使命は年会を活発にやれればいいので、それ以外の活動はあまりする必要もないし、するべきでないという意見も根強くあることは事実です。しかし、現状の組織では色々な要請があってもあまり対応ができない状態なので、なんらかの対策を講じる必要はどうしてもあるとおもわれます。

学会誌について

 分子生物学会にはオフィシャルなジャーナルはありません。しかしGenes to Cells誌 (Blackwell社より刊行)をお おいに積極的にサポートしていこうということが決まっております。Genes to Cells誌は富澤純一編集長のもとに国際的にも知名度の高い多くのAssociate editorsを擁して、創刊後3年が経過し、現在4巻が毎月刊行されてます。水準の高い論文やレビューが発表されていることはみなさまご存じのことと思います。

 Genes to Cells誌の問題は1万人の会員数という事実とは裏腹に購読者数が驚くほど少ないということです。また、論文の投稿が多くないのも悩みの種です。率直にいって分子生物学会の多くの会員はGenes to Cells誌にたいして「無関心、冷たい」というのがわたくしの率直な印象です。会員の10人に1人すらも購読していただけないというのが現状ですから。日本の学会を基礎にした先発のジャーナルのなかには会員に強制的に購入していただくという策をとったところもありますが、分子生物学会の現在の対処は会員の自主的な判断にお願いしてるわけですので、ぜひ皆様にも考えていただきたいのです。

 すこし俗なたとえ話をしたいと思います。わたくしのGenes to Cellsの個人的な見方は、日本の分子生物学者にとって、米国の学者にとってのProc. Nat. Acad. Sci.のようなものになることを一つの目標としてもいいのではないかと思ってます。日本人の分子生物学者にとって、「駆け込み寺」のようなジャーナルがないために、ずいぶんつらい思いをした方々は多いのではないでしょうか。そのためには、Genes to Cellsをみなさんに育ててもらう以外に現状では方法がありません。えこひいきは決してしないけれども、しかし十分に好意的に事情を理解してもらえる、しかも迅速に論文が扱われるジャーナルが日本の分子生物学者にとってあってしかるべきではないでしょうか。 実際にGenes to Cellsは既にそのような役割を演じるに十分な存在になりつつあることをごぞんじでしょうか。

 このような問題は日本人にとっての国旗と国歌への関わり方に似てますね。学問の世界で「愛郷心」を発揮することを避けたり、恥ずかしがったりしていてよいのでしょうか。もっと、我々は研究の世界で愛郷心を大いに発揮すべきではないでしょうか?それが、外国からも尊敬される一番の早道だとわたくしは信じてます。総体としての日本の分子生物学の成果とレベルはきわめて高いものに達しているのに、それに見合う一般的な評価が国内からも国外からも出てこないのは愛郷心の欠如にあると、わたくしは平素思ってます。若い会員の方々にもGenes to Cellsのサポーターにぜひなっていただきたいのです。そのために、Genes to Cellsのエディター達も富澤編集長とともに大いに努力する所存です。まず、ぜひ Genes to Cellsを読んでいただき、ぜひご意見をください。ちょっとした意見でも、また厳しい意見でも何でもけっこうです。具体的な改善策大いに歓迎です。そして、もし可能なら、これはという論文を投稿していただきたいのです。

 申し遅れましたが、2000年を目標に会員なら誰でも無料でオンラインでGenes to Cellsにアクセスできるように 編集幹事が努力しています。

学会のホームページについて

 インターネットに分子生物学会のホームページを作るべく磯野克己会員に協力をお願いして計画中です。会員の入会、退会や年会の申し込みを容易にし、色々な学会、行事や、求人求職など有用な情報に迅速にアクセスしてレスポンスできるようなホームページを作ってほしいという要望は会員のみなさまに当然あるとおもいます。現在、鋭意準備中ですのでご期待ください。ホームページにあったら便利という項目などぜひご意見をお聞かせください。イラスト、デザインなど会員にひろく案を募るようなことにもなると聞いております。言語は日本語だけか、英語版も作るかなど、決めることもたくさんあります。また、ホームページ上の広告についても賛助会員のご参加をお願いするようなことがあるかもしれません。

グローバリティとローカリティ

 分子生物学会は国内の任意団体で、国際的な学会連合の一部のようなかたちを取っておりません。独立独歩で、ある意味ではいつでも解散できるような簡単な組織形態をとっております。その点社団法人の日本生化学会のしっかりした組織とは大きく異なります。

 分子生物学会は毎年行う年会が成功すれば、その役目の大半は果たせていると思われていた時期は相当長いし、現在でもそのように感じている方は多いかもしれません。そういう点で、分子生物学会はあくまでローカルな組織で、国際的な任務は特に要求されていません。そこで疑問がでてきます。分子生物学会はこれからもこの国内向けのスタイルでやっていくのか、いくべきなのか、そのへんを考える必要がでてきているようです。いまの組織のローカリティの良さを温存すべきか、それとも国際化をより強調する方向で運営していくべきか、ぜひご意見を聞きたいところです。

 もしも分子生物学会での活動のすべての使用言語を英語にしてしまえば、いわゆるグローバリズムの傾向の先端に立つことになります。つまり誰でも(英語がわかれば)参加しアクセスできます。日本語で公開してもなかなかグローバリズムになれないのは、日本語をわかるひとびとの絶対数が世界的には少ないという単純な事実にもとづくのですが。しかし、いっぽうで日本語ならよく理解できる発表なのに英語だったのでさっぱりわからなかったというようなこともあります。会場にひとり日本語をわからない人がいたら英語で発表せよという意見と、残り99人の日本人のうちの相当数は英語でしゃべれないし、また聞いてもわからないのだから当然日本語にすべきという、二つのタイプの意見をもっとたたかわせる必要があるようです。ある著名な米国の研究者からは年会のシンポジウムのスピーカーで招待された折りに、年会の使用言語が英語になるまでは決して参加しないという返事が来たことがあります。外国からの見る目はなかなか挑戦的だし、厳しいものです。このあたりについてももっと議論がなされるべきだと思います。

 学会の目的は日本分子生物学会会則の第2条に「分子生物学に関する研究.教育を推進 し、我が国における分子生物学の発展に寄与することを目的とする」とあります。また、3条に事業として「学術集会の開催、会報の発行、その他前条(2条)の目的を達成するために必要な事業を行う」とあります。わたくしの個人的な意見としてはこのような目的と事業を変える必要は現在まったくないが、近年の電子ネットワークの発展の特性を十分に生かしてグローバルなレベルでも分子生物学会の活動が見えるように努力していきたいと考えています。

 会員にとって役に立つこと、ためになることを行っていくのが本会の存在意義の一つであることはいうまでもありませんが、そのために海外の研究者がもっともっと日本の研究を知り交流を深めることが非常に大切だと思います。そのために研究自体のグローバリズムには誰も反対しないでしょう。問題は分子生物学会の活動をどの程度その方向に向けていくのか、学会活動のグロバリティーを高めることがそもそもどの程度可能なのか、またどこまでも高めていくことが本当に良いことなのか、そのあたりの率直な意見を会員のみなさまからお聞きしたいものです。ご意見はMBSJ@kozo.biophys.kyoto-u.ac.jp(註:このアドレスは現存せず)にメールでお送りください。直ちにお返事はできませんが、できうる限りの対応はさせていただきます。

柳田 充弘 (第11期日本分子生物学会 会長)